15.太陽は散った

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15.太陽は散った

 竜となった雁居の頭に乗って、世界中を飛び回る。  世界はまさに地獄だった。雲間から容赦なく3つの太陽光が降り注ぎ、地表の温度は500℃にもなった。鉛すら溶ける温度だ。  当然人が生きていける環境ではない。雁居が気を使ってできるだけ雨の中を通ってくれたが、耐え切れず何度も死んだ。  雁居は雨を切らさないようにしているが、だんだんと太陽の熱に押し負けているのが分かった。  中国、アメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリス、ドイツ、ロシア……。主要都市ですら、容赦なく壊滅している。建物は燃えるか溶けるか、人も動物も植物もみんなみんな死んでいた。 (だが、その死を無駄にはしない)  ――とうとう100万人の死を目撃し終えた。運命の枷が外れる音がする。俺はただ人になった。  竜となった雁居のたてがみを撫でながら言う。 「雁居、ありがとう。もういいよ。あとは死ぬだけだ」 『……透君も死んじゃうんだね。転生しても地球はもう終わりなのに……』  雁居は悔しそうだ。自分の力が及ばなかったせいだと思っているのかもしれない。 「終わりにはしないよ」  俺は雁居の後悔を吹き飛ばすように断言した。 『透君……?』 「やっとわかったんだ、俺がなんでこんな呪いを掛けられたのか」  あの時の僧侶どもは言っていた。  “もし末法の世、……この者が……功徳は、……神に……”、と。 「この数百年、死ぬより苦しかった。けど、お前や皆を助ける為なら、……悪くない」 『言っていることが分からないよ、透君……』  うん、と頷いた。言葉にはしづらい。だから試すしかない。 「さよなら、雁居。いい来世を――」  俺は雁居の頭から真っ逆さまに飛び降りた。 『透君――――!!!』  雁居の悲痛な叫び声が頭の中にこだまする。  地面が迫る。ぐしゃりと自分の首の骨が折れるのを、どこか他人事のように感じながら、――俺は確かに死んだ。  △▽△  俺の《功徳カウンター》は【カンスト】していた。  数百年溜めた膨大な功徳を使って、俺は転生する。  ――太陽殺しの神に。  △▽△  気が付いたら宇宙にいた。  自分がどこまでも拡散していく感覚が、酷く心地よい……。  俺は宇宙で、宇宙は俺。このまま悠久の時に身を委ねていたくなる。 (……でも、それじゃなんのために死んだのかわからない)  気力を振り絞って自分を意識する。手足、胴体、頭と意識を巡らせるうちに、俺は形作られた。  后羿から譲り受けた弓をぎゅっと握りしめる。  ぱちりと目を開くと、目の前には暗灰色と金色が交じりあった地球が浮かんでいた――。  暗灰色の部分は雁居の雨雲で、金色の部分は灼熱の大地になった場所なのだろう。  徐々に暗灰色の部分が減っていく。猶予は一刻もない。  振り向くと3つの太陽が燦然と輝いていた。  これが諸悪の根源。これを射落とせば――!  太陽に向けて后羿の太陽殺しの弓を引こうとして、矢がないことに気付く。思わず目を見開く。これじゃ太陽を殺せない。  地球が死んでいく有様を歯噛みして見守るしかないのか、と絶望しかけた時――頭の中に声が響いた。 『――この矢を』  目の前に3本の白羽の矢が現れた。 「天帝様?」  応えはない。それが答えかもしれない。  ゆっくりと矢をつがえ――射離す。  ヒュウン、と矢は真っ直ぐ太陽に向かって飛び命中した。  太陽は震えるように明滅する。拍動と共に小さくなり輝きは色あせていく。  最後にはとうとうしわくちゃのただの小さな岩になった。  2つ目の太陽も同じ運命を辿り、……とうとう『甲』の太陽に弓を向けた。 「いいですね、天帝様。あなたのご子息の命、俺がもらいます」  ため息のような風が吹いた。 『構わない。覚悟はしている』  頷く。『甲』に向けた矢にありったけの力と祈りを込めて、――射離した。  矢は白い光を帯びて、力の奔流になる。  光の矢は吸い込まれるように、太陽の中心に命中し、『甲』は散った。  太陽を失い、世界は闇に包まれた。
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