7.太陽党党首からの試練

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7.太陽党党首からの試練

 腹ごしらえといってもまだ明け方といってもいい時間帯では、24時間営業のファストフード店しか開いてなかった。席は1階の窓際。  適当に注文したハンバーガーやらドリンクは、あっという間に二人の胃袋に納まった。  腹がいっぱいになれば、次は作戦会議だ。 「9つの太陽?」 「うん。今回の殺霊事件は9つの太陽を祀るために、古代中国の儀式を真似たものだと思う」  突拍子もない考察に疑問符ばかりが浮かぶ。  雁居はゆっくりとコーヒーを飲みながら、一つずつ根拠を並べていった。    曰く―― ・日の出、日の入りに生贄を斧で真っ二つにする殺害方法は、古代中国王朝()が行った太陽を祀る祭祀の手法。 ・今回の事件の被害者達の首にあった刻印も乙、丙、丁……の9種類で、これは伝説で射落とされたとされる9つの太陽の名前に一致する。    何より、と雁居は言いづらそうに口を開いた。 「私が10年前会った、太陽党のリーダーも9つの太陽の亡骸を背後の空に背負ってたんだ」    なんだその奇っ怪な男は……。  雁居は思い出すように、宙に視線をさまよわせた。 「でもその太陽も私にしか見えてなかったみたいだから、私の幻の雨と似た呪いかもしれない」  それにしても9つの太陽、か……。 「なんのために太陽党のリーダーは9つの太陽を祀ってるんだ?」 「わかんない……。ただ世界中で殺霊事件を起こして、大量の死者の霊魂を9つの太陽に捧げているだなんて規模が大きすぎる。なにか想像のつかないことをしようとしているのかも……」  聞くからにヤバイ匂いがしてくる。  雁居をそんな危ないやつと接触させていいのか……。  ちらりと雁居をうかがう。カップを持つ手が微かに震えていた。 「ふふっ。ちょっと、怖いよね……」  ずっと殺霊事件を追っている雁居だからこそ、俺より遥かに事の重大性をわかっているのだろう。 「……降りる気はないんだな」 「うん、もう決めたから」  そっけない言葉の影に、決意がにじんでいた。文字通り決死の覚悟だ。俺も雁居を置いて逃げるつもりはない。 「わかった。次はどうやって太陽党のリーダーに接触するかだな」 「うん、まずは正攻法で行こうと思って……」  と雁居が鞄をひっくり返して取り出したのはスマホだった。  ……しかも、雁居のものではなく、数も10や20ではない。 「ど、どうしたんだそれ……!」  雁居はばつの悪そうに視線を逸らした。 「太陽党の自殺者たちから、その、……借りたの」  どうみても、奪い取ったものである。  そうか3日も行方不明になっていたのは、太陽党の自殺者たちと盛大にバトルしてスマホを奪っていたからか。  『死ぬときに手を触れた道具でないと死後触れない』らしいので、恐らくスマホを持って自殺すれば、幽霊になった後もスマホを使えるのだろう。 「……うん、まぁ。ソウイウコトモアルヨネ……」  思わずぎこちない口調になる。俺だってあの女性からスマホを拝借した手前強く言えない。 「それで、そのスマホをどうするんだ?」 「うん。太陽党では優秀な殺霊事件の加害者は表彰されて、党首から直接祝福されるんだって。それでこのスマホの山を使って、ランキング操作をしようかなと……」 「……えげつないな」 「うん……」  雁居は恥ずかしそうに俯いた。こんな容赦のない手を使うとは、意外な一面を見た思いだった。 「やり方を教えてくれ、手伝う」 「ありがとう、透君」  そうして、ふたりでポチポチとスマホをいじり始めた。  ちなみにパスワードは雁居が脅して吐かせたらしい。……もうなにも言うまい。 △▽△ 「お、終わったァ……」 「透君、ありがとう!」  気が付けば既に夕方になっていた。長時間居座ってしまい、ここの店員には申し訳ない。  けれど地道な作業のおかげで、この地域の殺霊事件のトップランカーは1人に集約された。それは雁居の持っているスマホの持ち主ということにした。これで党首からの祝福とやらがくるはずだが……。 「あ、太陽党公式アカウントからメッセージが来た! ”このDMに直接党首が祝福を述べられます。粛々とお待ちください”……だって」 「粛々と、ねぇ……。テロリストの癖に生意気な」  俺は肘をついて、虚ろにつぶやいた。長時間の作業で目がちかちかする。雁居は逆に活き活きとしていたが。 「あ、来た! 祝福!」  雁居がその内容を口頭で教えてくれたが、不審に溢れたものだった。  曰く、あなたは来世必ず人間に生まれ変わることができ、その上金持ちになれるだろうとか。もっともっと殺霊すれば、いい来世にいけるから更に励むようにとか……。聞いているだけで耳が腐りそうな、甘い言葉の羅列だった。  雁居も読み上げながら心なしかげんなりとした表情をしている。 「『最後になりましたが、あなたの来世に幸あらんことを――』あ、終わりそう……」 「……終わっていいのか?」 「よくない!」  雁居は猛スピードで、DMに返事をしたため始めた。 『初めまして、党首様。お言葉大変身に沁みました。ありがとうございました。時にお聞きしたいのですが10年前にあなたにお会いした黄色いレインコートの女の子のことを覚えていますか? あれは私です。党首様にはあの時にした約束を果たして欲しいのです』  じっとりと、雁居の額から汗が一筋流れていった。ここが正念場だ。  5分後返事が来た。 『約束、とは?』 『またお会いして、晴れの日を見せて欲しいのです。私は雨に祟られた女で、雨しか見たことがありません。でもあなたの周りだけが晴れています。私はあの太陽が忘れられないのです。今一度、会ってはくれませんか』  返事をしてから、10分、20分経った……。応答がない。 「……切り捨てられた?」  雁居が呆然とした声で呟く。俺が慌てて励まそうとした時、ピロンと着信音が鳴った。 「来た! えっと、『覚えていますが、貴女があの時の女の子だという証拠はありますか?』」  ……遠回しに断っているのだろうか。約束の履行を求める、それこそが当事者の証拠だろうに。  雁居はしばらく考え込んでいたが、返事を打ち込んだ。 『わかりました。必ず証拠をお出しします』 『お待ちしています。締め切りは2時間後です』  党首の返事を確認した雁居は、青ざめた顔で慌てて山と積まれているスマホを順々に起動させて机に並べだした。  1つでは足りず、隣の机も借りる。  突然の奇行に目が点になる。流石の雁居も難題にパニくってるのだろうか。 「ど、どうしたんだ雁居」 「透君も手伝って! スマホで世界中のライブカメラや監視カメラを確認して、党首の居場所を探すの!」 「はぁっ!?」  順に説明してくれ! と俺の声なき声が聞こえたわけではないだろうが、雁居はもどかし気に説明してくれた。 「私には党首の周りだけ晴れているように見えるの。逆を言えば、晴れている地域が党首の居場所。こんな特定の仕方ができるのは私だけ。……つまり私の呪いで党首の居場所を特定できれば証拠になると思わない?」 「まぁ……確かに……」 「幸い私の幻の雨は、カメラ越しでも降ってる。世界中のライブカメラを確認すれば、晴れている地域くらいは絞れると思う」  そう説明する間にもすさまじい速度で次々と世界各地のライブカメラにスマホでアクセスし、天候を確認している。  その姿に一つの疑問が湧いてきた。 「理屈はわかるけど、2時間で全世界を見るのは無理じゃないか? ただでさえライブカメラもない地域もあるわけだし」  雁居はぴたりと動きを止めた。 「……ううう、ど、どうしよう透君」  一気に涙目になった。自分でも無茶を承知していたらしい。  しょうがない、一肌脱ぐか。  俺は素早くスマホを操作し、ちょっと人にはいえないアドレスにアクセスした。長く生きることに飽いて、暇つぶしに確保したルートがこんな時に役に立つとは。開いた画像を雁居に見せる。 「え……?」  そこには北朝鮮のライブの衛星画像が映っていた。  ぴぇと、雁居が声にならない悲鳴を上げる。 「ど、どうしたのこれ!?」 「軍事衛星のライブ画像を管理しているパソコンをハッキングした。これならライブカメラもない地域も関係なく覗けるだろ?」  平然と言ってのけると、雁居は末恐ろしいものを見る顔をした。心外である。 「……透君の新しい一面を見た思いだよ……」  何を言う、お互い様だ。 「この際手段は選んでられないだろう? 大きい範囲から探っていけばギリギリ2時間でも間に合うと思ったが……いけそうか?」  気を取り直した雁居は勢い良く頷いた。 「いける! いけるよ透君!」 「よし、俺が画像を表示するから、雁居はそれを確認してくれ。あの党首の鼻を明かしてやろう」 「うん!」  俺達は猛然とスマホに向き合った。
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