1.自殺見届け人、藤見透

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1.自殺見届け人、藤見透

 俺は自殺見届け人。  死ぬ人間を見守らなきゃいけない運命だ。それも100万人分の死を。  △▽△  2025年、少子化に悩む日本政府は1つの発表をした。  輪廻転生、生まれ変わってまた人間になる人が年々減少していることが、少子化問題の根本的原因だと。  そんな馬鹿なと切って捨てる声が巷に溢れたが、日本政府が溜めていた膨大な科学的証拠を前に次第に収まっていく。  その上で日本政府は宣告した。  《悪逆に溢れた現世では来世も人間に転生する者は、減り続けるだろう。功徳を積むことのみが来世も人間に転生できる唯一の道。そしてそれこそが、日本を少子化から救うことになる》  人々は自分の来世を鑑定してもらうために寺や神社に押し掛けた。勿論デマや偽鑑定が横行し、社会はパニックになった。  そこで混乱を治めるために政府から全国民に配布されたのが、スマホアプリ《功徳カウンター》だ。これは善行を行うことで溜めた功徳の量を知るアプリで、これで人々は人間に転生できる目安の功徳量を知ることができるようになった。  世界中の人々が来世のために努力を重ねることで、世界は好転していった。  △▽△ (でもまぁいくら世界がよくなろうと、自殺はゼロにはならないんだよな……。残念なことに)  そうボヤきつつも目の前の自殺を止めようとしない時点で、俺はかなりの人でなしだと思う。  廃ビルの一階。喪服姿の俺はやりきれなさにため息をついた。6月の湿気でじわりと汗がにじむ。もう朝日が出そうだ。時刻は4時15分。  目の前の青白い顔をした女性は、何度もスマホアプリの《功徳カウンター》の画面を確かめている。確実に人間に転生できる見込みがついたのだろう、ほっと安堵していた。美しい女性だが、その手には武骨な斧。赤いネイルがやけに不吉に輝く。  ……わざわざ斧なんて自殺しにくい凶器を選ぶとは変わった女性だが、理由を聞くのは野暮だろう。誰だって拘りはあるものだ。  意を決したらしい彼女は斧を片手に引きつった笑顔で言う。 「じゃ、じゃあ死ぬね。今日は来てくれてありがとう、鹿さん」  鹿は俺のHN(ハンドルネーム)で、この女性とはSNSで知り合った。俺が自殺を見守ると彼女は人助けをしたことになり、徳を積めてよりマシな来世にいける。彼女にとっては一人で死ぬより心強いのだろう。 「いえいえ、こちらこそ呼んでくれてありがとうございます。それではよい来世を」 「……うん、ありがとう。必ず人間に転生してみせるからね」  女性は頷くと震える手で斧の刃を首筋の頸動脈に当てる。そして、一気に引いた。首に斧がめり込んだと思ったら、どっと噴水のように血が噴出する。拍動に合わせて勢いを増し、天井まで血しぶきが吹きあがった。  女性は目をかっと見開いていたが、黒目がぐるんと回りまぶたに隠れ、数秒後にどうと、倒れ伏したときにはもうこと切れていた。  俺は遺体の傍にしゃがみ込み手を合わせる。 「……貴女の死は少なからず俺を助けてくれました。貴女の人助けは功徳の足しとなり、来世をよりよいものにしてくれるでしょう。ありがとうございました」  お経もあげようかと思ったが、うろ覚えだったのでやめた。  立ち上がってため息を吐く。  相変わらず人の死を見届けるのはいい気はしない。  しかしあと984,950人の死を見届けないと、俺は死ねないのだ。  一応とばかりに喪服のポケットに忍ばせた折り畳みナイフを広げ、掌を切りつける。あっという間に傷口が塞がり、げんなりする。……先が長すぎる。仮に1日1人の自殺を見守ったとしても2698年掛かる計算だ。人類の滅亡が先かもしれない。  俺は藤見透(ふじみとおる)。100万人の死を見届けないと死ねない呪いを負った、数百歳もとい永遠の17歳である。  俺は女性の手から転げ落ちたスマホを拾い上げて嘆息した。こいつからも俺の情報を隠滅しないといけない。  ――それにしても、斧を使った自殺が流行ってるんだろうか。俺の知る限りこれで6件目だ。
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