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あっさりと陶也は言い放った。俺は探偵に名指しされた犯人のように項垂れた。
「僕や和樹がお互いのことを好きなのとは違う気持ちで、真鈴が和樹のこと気にかけていること気付いていたよ」
「そっか、それは」俺は冷え切った外気を思い切り肺に入れて、また吐き出した。「気まずい思いさせちゃったな」
「幽霊になると透明になるだろう?」
真鈴は目にかかった髪を掻き上げて耳にかけた。その仕草は生きていた頃とまるで変わらなかった。
「すると透明なものの声も聞こえるようになるんだ。たとえば大蛇の囁きや、人の心の声もそうだ」
そろそろ帰ろうと言いたかった。厚着をしていても、真冬の山は酷く冷える。人のあまり入り込まない奥まで来れば尚更だ。しかし真鈴の足は全く動こうとしなかった。それどころか、全く言うつもりのなかったことを、陶也に向けて口走っていた。
「ときどき俺は、陶也のように肉体を失えたらと憧れてしまうんだ」
これは懺悔だと、口に出してから真鈴は気付いた。もう何年も長い間、真鈴の心は罪悪感で押しつぶされそうになっていて、もう秘密を自分だけのものにしておけなかったのだ。
「最低だな、お前は望んでこんなことになってしまったわけじゃないのに。俺は今の陶也の在り方に憧れてるんだ」
涙が溢れてくる前に両の手で顔を覆った。陶也に合わせる顔がなかったというのもあるかもしれない。やっとのことで涙を振り払って顔を上げると、まるで時間の経過を感じさせない笑顔を湛えたままで、陶也はそこにいた。
「大丈夫だよ、真鈴。今日は僕たちの願いが両方とも叶う日だ」
陶也は滝に向かい、祈るように胸の前で手を組んだ。夢を見るような瞳だった。それから真鈴の方を振り向いて手を解く。
「蛇神様は肉体を求めているみたいだ。僕は何度かここから出たいと願ったけれど、代わりの体が見つかるまでは駄目だと帰してもらえなかった」
ほんの刹那、陶也の瞳の中に、これまでに見たことのない切実な色を見た気がした。真鈴と同じように、陶也にも願いがあるのだ。生き残りたい。自分自身の人生を生きたい。人として当然の望みだ。
今この場で自分だけがそれを叶えてやれる。そして自分は誰にも知られずにひっそりと誰にも誇れない願いを叶えることができる。ずるい考えだ。だけどそれくらいしか方法がない。これは文字通り神様が与えてくれたチャンスだ。
陶也を助けるためならば、きっと和樹もわかってくれる。
「そういえば、和樹はこのことを知っているのか?」
「知っているよ」陶也は短く肯定した。
「ならどうしてこれまで本当のことを言わなかったんだろう」
真鈴は純粋な疑問を口にした。尤も話して信じてもらえるような話ではないが、それでも一緒に幽霊になった陶也を見ている真鈴にまで、秘密にしておく必要はなかったはずだ。
「それはね、真鈴」
陶也は真鈴の胸に浮かんだ疑問を見透かしているのだろう、ふっと小さく息を零した。
「僕をこの滝つぼに突き落としたのが和樹だからだよ」
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