蛇神殺し編

5/17

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「真鈴、去年より髪が伸びたね」 「そうか?」 「そうだよ」  家の中に入ると陶也は居間に座し、炬燵に入って暖さを取り戻そうとする真鈴と和樹を少し離れて見守った。 「真鈴、去年は陶也が来る直前に美容院に行ってたろ。それでじゃないか?」  真鈴と陶也のやり取りに、和樹が横から口を挟む。 「お前が来たのが去年は遅かったんだよ。毎年、年明けにいくんだ。きっと習慣で」  と、どちらとも目を合わせないまま真鈴は答える。 「それもそうか。一年の間で僕がいない時間の方が長いんだものね。切ったり、伸びたり、そしてまた切ったり、その繰り返しが二人にはあるんだ」  陶也の見た目は、十六歳の頃から変わらない。髪の毛の一筋すらも変わらないので、最後の切り損ねた前髪のことをいつまでも嘆いている。  対して、真鈴と和樹の髪型は大学、就職、はたまた大学院と、ライフステージが切り替わるにつれて、様変わりしていた。特に変化が激しかったのは和樹だ。常柱に在学していた期間は、オーソドックスな茶髪から、ほとんど金髪に近いような大胆なブリーチ、ウルフカット、ツーブロックと、目まぐるしくスタイルを変え、一ヵ月として同じ髪色でいることはなかった。  就職してからは襟足を短く切ってサイドも刈り上げ、前髪は爽やかにかき上げて流した形に落ち着いている。ゴルフで日焼けした肌も含めて、努めている企業のドレスコードのようなものなのだろう。  真鈴は大学のときに何となく和樹と一緒に行った美容院に通うようになって、同じ美容師のされるがままになっていた。年齢を考えるとそろそろ恥ずかしく感じるべきかもしれない、流行を追いかけた大学生そのものの髪型を常にしている。    話題を変えたかったのだろう。和樹が真鈴を見て、「久しぶりに切ってやろうか」と言った。  真鈴は首を横に振り、「いや、いい」と断る。 「どうして」 「面倒だろ」 「面倒じゃないよ、切らせろよ」 「和樹は切りたいんだよ、真鈴」  陶也は確信に目を光らせていった。生きていた頃から真鈴は、陶也のこの目が苦手だった。 「切らせてあげて。僕の代わりをすると思ってさ」  陶也の髪は十六の夏までずっと、和樹が切っていた。  階下が賑やかになったことに気づいて、陶也の祖母が起きてきたので、陶也は口を噤んだ。彼の姿はなぜか祖母には見えない。どういうからくりか、見えるのは真鈴と和樹の二人だけだ。彼女は居間に降りてくると、真っ直ぐ仏壇に向かって手を合わせた。仏壇は陶也が預けられる前からこの家にあったものだが、位牌の類は一つもない。失踪した和樹はおろか、祖先の骨すら一つも手元にない彼女が、どんな気持ちでこの仏壇を買い、手を合わせているのかはわからない。  大晦日に訪れる者たちの中には、見様見真似で線香を立て、鈴を鳴らす者もいるが、真鈴と和樹は決してしない。小さい頃には一度や二度、鳴らしたこともあったはずだが、陶也が去ったあの日からは、何かの意図があって、和樹がそれを決してしないことに決めたことは傍から見ていてわかったので、真鈴もそれに倣って、仏壇の前に膝をつくことは決してない。  考えてみれば可笑しな話だ。真鈴と和樹の二人だけが、陶也はもうこの世にいないのだということを確かに知っているはずなのに。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加