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「幽霊になった姿を見て死んだことを知るなんて、ちょっと変わってるよな」
陶也の祖母が買い物に出かけたので、真鈴はみかんの皮を剥きながら陶也に話しかけた。和樹は朝食ができるより早く、東京へ向かって出発してとうにいなかった。
「真鈴は足のない僕を見てもあまり驚かなかったよね」
「和樹の喜びようが凄まじかったから、置いていかれたんだ」
「真鈴は僕に会えて嬉しくなかった?」
「俺はお前が死んでしまったことが悲しいよ」
陶也は生きていたときから微笑みを絶やさない子供だったが、死んでからは殊更で、真鈴は陶也の笑顔以外の表情を、しばらく見ていなかった。声にだけ寂しさのようなものを滲ませて、陶也は優しい声で言った。
「そうか、和樹はまだ話していないんだね」
みかんの実が弾けて、口の中が酸っぱい味覚でいっぱいになる。
「何がだ?」と真鈴は尋ねた。
陶也はしばらく迷った後、「僕が教えたって言わないでよ、真鈴が偶然見つけたことにしてよ」と前置きして、後についてくるように言った。
「うんと重ね着をして、手袋も」
「どこへ行くんだ?」
「山だよ」
十年前、山中で陶也を見失ったと、息を切らせて皆に知らせに来たのは和樹だ。
二人が山に行っていたことも知らなかった真鈴は、自分の家族にも陶也の祖母にも、何故二人はそんなところに行ったんだと問い詰められて答えに窮した。そのころの三人はどこへ行くにも一緒で、二人が知っていることを一人が知らないなんてことはまずなかったのだ。
「何をしに、山になんか行ったんだ」と、真鈴は捜索中、和樹に何度か尋ねたが、返事は曖昧だった。捜索隊に駆り出された一人が、「和樹はまだしも、陶也はただでさえ病弱なんだ。山になんか登れば良くないことが起こるのはわかりきっていたのに」と口を滑らせてからは、まるでそれを尋ねること自体が和樹を責めることのようで、真鈴はもうそれきり何も訊けなくなってしまった。
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