蛇神殺し編

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 既に太陽が高くまで登っている時間だったので、山道も厚着をすれば耐えられる気温だったが、中腹の獣道に入ると、ちらほらとまだ雪が残っていた。 「気をつけてね。足のない僕はもう滑ることもないけれど」  冗談なのか、皮肉なのかもわからない笑顔のままで陶也は言う。  真鈴はいっそ本人にならいいだろうかと、「本当に足を滑らせて滝つぼに落ちたのか?」と訊く。 「それなら普通、死体が見つかるはずなんだけどね」と、陶也はやっぱりどっちつかずな答えを返して、真鈴を苛つかせた。 「怒ってる?」  真鈴は答えず、白い部分の多くなる道を、木に掛けられた縄を頼りに進んだ。ところどころで切れそうになっているので、ついでに補修して歩く。正月になると、これを一斉に直す行事がある。本来は人が掴むためのものではなく、紙垂(しで)を垂らして神域を示すものなのだ。麓の神社で初詣が行われる時期、白い紙が一斉に風にはためく様は壮観だが、今は見る影もない。 「でもきっと、真鈴は自分の目で見るまで信じないから。もう少しだよ」  陶也はすいすいと、息が荒くなってきた真鈴の横を進んだ。生きていた頃とは大違いだ。  どうにか、滝が見えるところまでたどり着くと、陶也は俺に滝つぼの奥を覗くように促した。 「あんまり深く覗きこみ過ぎたら駄目だよ。僕と同じように落ちてしまうからね」  やっぱり、陶也はここから落ちて死んだのだ。それだけ分かれば十分な気もしたが、陶也が珍しく真剣な顔で頼むので、真鈴は促された通りに滝つぼを覗いた。 「……何を見ればいいんだ?」 「滝の水ではなく、滝つぼの奥を見て。その向こうにある別の世界を見ようとして見て」 「何だよそれ」  馬鹿にされているのかと少し非難を込めた目で陶也を振り返るが、彼は真剣そのものだった。 「僕はそうやって見たから、僕はそうやって出会って呑み込まれたから、あの大蛇に」
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