蛇神殺し編

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 陶也が戻ってきたときに、真鈴は和樹と同じようには喜べなかった。  和樹が自分の生活を犠牲にしてまで、もう死んでしまっている陶也のために、この村に必ず戻ってくることを、ただの友達想いとして見過ごせなかった。  本当は今すぐにでもあの仏壇に手を合わせて、陶也を成仏させるべきなのではないかと考えている自分がいる。  それらは全て、今目の前にいる陶也が、かつて俺たちの親友だった陶也とは別物だと感じているからだ。幽霊をこの世にいつまでも繋ぎ止めるなんて、きっと良くないことが起こると、心のどこかで予感しているからだ。  決して自分が、陶也に嫉妬しているからではない。  幼馴染という関係は、何れ薄れる。特にこんな何もない村の出身の子供の友情など、大人になれば夢幻のように消えてしまっておかしくない。今だって、真鈴がここに毎年戻ってくる理由は、和樹がそうしているからという他にない。和樹は恐れているのだろう。自分たちが帰って来なくなったら、見る者のいない陶也の魂はどこへ行ってしまうのか。  きっと幽霊になっていたのが真鈴だったとしても、和樹は同じように駆けつけてくれていただろう。和樹は優しい。そういう人間だ。だけどもし三人全員が今も生きたままで別々の道を歩んでいたら? 今のように頻繁に顔を合わせて、お互いのことを気遣う日々が続いていただろうか。  和樹との別れは高校生のときから覚悟していた。同じ大学を目指すことまではできても、まさか就職先まで追いかけていくことはできない。そうなれば自然に縁は薄れる。繋がっていたところで、決して自分が望むような関係にはなれない。  そうした暗い見通しを抱えたままで見てしまうと、和樹の人生における今の陶也の立ち位置は完璧に見えた。時折縁側で和樹と陶也が二人でいるのを見る。何を話していたんだと尋ねると和樹は、「死んだやつにだけ言えることさ」と冗談めかして笑った。  今の陶也は和樹にとっての「見えない友達」だ。この先和樹が誰かと結ばれることがあっても、それは永遠に変わらないままだろう。そして和樹は、陶也自身の人生について彼に尋ねることもない。それは既にあの日終わってしまったことなのだから。今の陶也は、真鈴と和樹の友人であるという以外に何もないのだ。  真鈴は──本多真鈴という人間は、実のところ石田和樹以外には何もない。大学だって和樹が行くからという理由で決めた。卒業した後もゼミの教授にたまたま気に入られて、和樹も勧めたので院生として残ることにした。真面目な性格ということで誤魔化しているが、本当は空っぽなだけだ。唯一本物だと思える気持ちは和樹に向けるものだけだ。 「真鈴は好きなんでしょう、和樹のことが」
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