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お化け屋敷はエントランスから凝っていた。回転ドアを押して中に入ると、とてつもなく広いロビーだった。かつてはここに人が長蛇の列を作って並んでいたのであろうか、受付と思われるデスクには、チケット販売所のような透明な仕切りがついていた。
二人はあまりの広さと静寂さに茫然と立ちつくしていた。廃墟を模した造りが本物の廃墟になったため、寂れ方は演出以上の効果を生んでいた。
人も幽霊もいなさそうな静けさは、かえって恐怖心を膨れさせる。ジェシーはドキドキしながら相変わらずポールにしがみつくことしかできない。もういいでしょとポールの顔を見ると、彼は目をらんらんと輝かせていた。
「ジェシー、客室に行ってみようよ。実はここは心霊スポットとしてだけじゃなくて、デートの穴場としても有名なんだぜ」
ジェシーはそういうつもりだったのかと顔を赤らめながら、もうどうにでもなれとポールと共に一歩を踏み出した。
「きゃっ」
ジェシーは何かに躓いた。ポールも一緒に引っ張ってしまい、二人一緒に盛大に転んでしまった。
ジェシーはイタタと呟きながら、むくっと起き上がり、その場に座り込んだ。碌なことがないと泣きそうになっていると、目の前の人影が顔を近づけてきた。
「ちょ、ちょっとポール……」
ジェシーは押しに弱い。いつもポールに振り回されている。だから今日もこんなところに来てしまったというのに……。
ジェシーは思わず目をつむり、いつものように雰囲気に流されそうになる。すると顔は唇を横切り、ジェシーの耳元へと寄って来た。
「私ごときでよろしいのでございましょうか? 彼氏が見ていらっしゃいますのに」
冷たい空気とともに囁き声がジェシーの耳を通り過ぎた。ジェシーは背中がゾクッとした。
「ジェシー、大丈夫かい?」
ポールが隣で懐中電灯を向けてきた。
ジェシーの目の前には、白色で透明の、立派な口ひげをピンとハネさせた老人の顔が浮かび上がった。
「お怪我はございませんか? お嬢様」
「ぎゃああああああああああああああ」
二人は声の限りに叫び、出口へと向かった。
「あ、開かない!」
「ようこそいらっしゃいました。私、当館の案内人を務めさせていただいております、オリバーと申します。まず、当館は出口まで3つのコースを用意いたしております。こちら中央が……」
何かを呟きながらスーツに身を包んだ老人はコツコツと歩み寄ってくる。二人はそれどころではなく、全く耳に入らない。
「初級コースのホテルルートとなって……。あ、そちらは上級者向けの病院ルートでございます……」
全てを聞き終わる前に二人は駆け出していた。二人がロビーから見えなくなると、老人はポツンと一人取り残された。
しばらくして二人の悲鳴が聞こえ、次第に遠のいて行った。声が聞こえなくなると、老人の周りにポツポツと灯火が湧いてきた。
それらは小刻みに動き、まるで笑っているようだった。
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