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「ははは、今回も大成功だったね」
小鳥のさえずりが聞こえ始める明け方、館の住人たちはロビーに集まり盛大な祝宴を開いていた。人魂がロウソク代わりに館内をいい具合に照らし、もともと備品だったゴブレットを片手にチーンと乾杯し合っていた。
「本日もご愁傷さまで」
彼らの基本的な挨拶である。ここに集まる霊たちはもともと明るい性格の連中ばかりで、死んでからはより一層明るくブラックジョークを言い合うようになっていた。
「勝利の美酒は美味うございますな」
彼らは味を感じない。ドラキュラだけは生き血をワイン代わりに飲むものの、他の者は基本、雨水を透けた体に流し込む。そうしてそのまま床に滴り落ちた水が、ジメジメと湿気を高くし、ますます彼ら好みの環境を作り出す。
やがて昨日のカップルが、手術後の患者のようにそれぞれストレッチャーに乗せられて運ばれてきた。それを見ようとみんな集まり、おおーっと声を上げて覗き込んだ。彼らは生きた人間が大好きだ。
「だから私が申しましたものを。病院ルートは難関だと。最近の若者は人の話をお聞きになりませんから」
オリバーは直立の姿勢から軽く頭を下げた。二人は迷いに迷い、霊安室で気絶してしまっていた。
「あそこは行き止まりでございますゆえ、死ぬしかありません」
霊安室はゾンビの溜まり場だ。二人はさぞ怖かったことだろう。住人たちはゲームオーバーのことを死ぬと表現していた。
みんなが気絶している二人をジロジロと眺めていると、ジェームズが病院ルートの入口から現れた。
「みんなあ! 今日の収穫だ!」
ジェームズはリュックサックを掲げて見せた。それを振っているとジェームズの腕はポキンと曲がった。反対側の手でそれをもとに戻していると、今度はその手首が逆側に反れた。
ジェームズが登場すると、拍手喝采で迎える者、跪く者、飛びつく者と、みなそれぞれに敬意を示した。ジェームズは実体型の幽霊で、カリスマ性を持ち合わせ、ここのリーダーを務めていた。
「ありがとうありがとう。さあお楽しみの下界の情報だ。といってもこの男は相当の心霊マニアみたいで、持っていたのは『死ぬまでに行ってみたい心霊スポット100選』なんて雑誌だけどね。死んだら彼にはぜひ仲間に入ってほしいね……さて、雑誌の中身だが、ここのことも書いてあったよ! 『廃墟と化した遊園地。今でも夜な夜な笑い声や絶叫が聞こえるという。遊び足りない子供の霊が、未だにそこで遊んでいるのだろうか。しかし中にはメリーゴーランドに乗った騎士や、コーヒーカップでお茶をする貴婦人を見たといった目撃情報もあり、信ぴょう性にかけるのも事実である。ゆえに編集個人としては、心霊スポットとしてより、もう一つの面を評価したい。それは園内のお化け屋敷にある。ここのお化け屋敷は完成度が高く、評判も高かったという。その館が今も当時のまま残っており、特にホテルを模したルートがカップルに人気であり、夜な夜な聞こえる声はもしかしたら彼らが喘いでる声かもしれない……』……なんじゃそりゃ」
ジェームズは読み終わると素っ頓狂な声を出した。
「道理で最近カップルのお客さんが多いわけか」
するとジェームズの隣にいた、甲冑を着た騎士が首を横に振った。
「やれやれ、有名になるのも困ったものですな」
「品がないのよ。最近の若者は。私が生きていた頃は女性はもっとおしとやかでしたわ。自分から殿方の腕に絡むだなんて、そんなはしたないことできませんでしたことよ」
続いて婦人がそう言うと、コーヒーカップを口に寄せた。もちろん中身は水である。
現代の若者のイチャイチャぶりに嫉妬した婦人を見て、ジェームズは思い出したようにリュックを漁った。
「ああ、そういえばもう一冊本があったよ! みんなこっちの方が好きだろう。『女性が喜ぶ飛び切りのサプライズ』 勉強熱心な彼氏だね」
みながおおっと感心したような声を出し、俺にくれ俺にくれとジェームズに詰め寄った。ジェームズは本を投げて取り巻きを追っ払った。ここの霊は脅かすのも好きだが、色恋沙汰も好物である。
「まったく。みな世俗的で参りますな。ゴーストたる者、もっとプラトニックであってほしいものです」
嘆かわしいと言わんばかりにオリバーはため息をついた。
「私など、妻一筋でおりましたのに」
「へえ、あんた、昨日この娘にちょっかい出してたのを忘れたのかい?」
オリバーが振り返ると、メイド服姿のおばさんが腰に手を当て立っていた。
「な、なんのことですかな。ハニー。何か証拠が……」
オリバーが言い終わらないうちに、スコープが目から壁に映像を映し出した。スコープはビデオカメラに憑りついた幽霊で、レンズの部分が目玉になっている。昨日カップルの女が転んだのはスコープに躓いたせいだった。
「私ごときでよろしいのでございましょうか? 彼氏が見ていらっしゃいますのに」
昨日の映像が流れると、オリバーは冷や汗を流した。
「まったく、死んでもその女癖は治らないんだから!」
「こ、これはただの挨拶だよ、ハニー。アイタッ。ちょ、ちょっと許して……」
ポカポカと叩かれながら、オリバーたちはスルスルと流れるようにロビーから消え去ってしまった。
ジェームズは呆れながら彼らを見送ると、カップルの二人の処置を指示した。
「キュリー、彼らを車まで運んどいてくれ」
ドラキュラはニヤリと笑って承諾した。その態度にジェームズはドラキュラに釘を刺した。
「いいか、絶対血を吸っちゃダメだぞ。スコープ。一緒についてって監視してくれ」
ドラキュラは肩を落とした。それから二人を両脇に抱え玄関から飛び立った。
ジェームズはそれから宴会の輪へ入ろうと一歩踏み出そうとした。すると背後で回転ドアが押される音がした。
「キュリー、血はやれんって言ったろう? 何回頼んでも無駄だぞ」
そう言いながらジェームズが振り返ると、そこには全身から水を滴らせた男が立っていた。
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