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男が言葉を発した後、館内はシーンと静まり返っていたが、ジェームズが口火を切った。
「どういうことだい? ここが取り壊されるって……?」
握手に応じる気配がなかったのでジェームズは手を引っ込めた。
「君はどこから来たんだい?」
男は相変わらずもったいぶるように辺りを見回すばかりで、答える素振りを見せないのでジェームズは別の質問をした。
「俺は見ての通り海で死んだ。ここからそう遠くないところだ」
男は急に口を開いたかと思うと、顔のフジツボをトントンと叩いた。
「しばらく海底に沈んでいたが、次に目が覚めたら俺はこの体に転生していた。……それはそれは真っ暗な水底だった。俺は陸を求めてただただ歩き続けるしかなかった。そりゃあ大変なことだったさ。なんたって水圧のせいか、一歩一歩がやけに重い」
苦難の行程を思い出すかのように、男は遠い目をして見せた。
「よく陸の方角が分かったな」
「泳いでくればいいのに」
何人かが茶々を入れると、男はキッとそちらの方をを睨んだ。
「それはご愁傷さまで」
ジェームズは慌てて矛先を逸らし、軽く頭を下げた。しかし言葉自体は本心から出たものだった。すると男は先を続けた。
「ようやく陸にたどり着き、次はどこに行けばいいか途方に暮れていたところ、自然と惹きつけられる方角があった。第六感ってやつかな。お前らなら分かるだろう。ここはそういう場所なんだろうな。とにかく匂いが俺をここへ導いた」
皆一様にウンウンと頷いていた。大半の霊はここの楽しそうな匂いに引き寄せられてやってきていた。
「そうしてここへ向かって歩いてる途中、俺は休憩がてらこの丘の麓のバーに立ち寄った。……長旅なんだからちょっとくらい休んだっていいだろう。俺は無類の酒好きなんだ。俺が店内に入るとバーのマスターはギョッとした顔を見せた。しかしあまり関わらないようにしようと決めたらしい。最低限の接客をしてくれた。そこで俺が隅でちびちびでやっていると、他の連中が入ってきた。身なりから察するに金持ちらしい。酒が入るとやつらは上機嫌になり、大声で自慢げに話し始めた。聞こえてきたところによると、どうも俺が今まさに向かっている土地を買収して、新しい施設を建設するらしい」
男はあらましを話し合えると、そこで一息ついた。
「いけ好かねえ男たちだったからよ。やつらの車をかっぱらってここまで警告に来てやったのさ。分かったら、わりぃことは言わねえから早くここから立ち退いたほうがいいぜ」
男の突拍子もない発言に、幽霊たちはただ押し黙るしかなかった。そんな彼らにお構いなしに、男は
「ちょっと休ませてもらおうか。長旅で疲れちまったし、ここはおあつらえ向きに、ホテルを模してるんだろ?」
とぶっきらぼうに言うと、迷うことなく正面のホテルルートへと消えていった。ジェームズはなぜここの構造を知っているのか気にかかったが、黙って男の後ろ姿を見つめるしかなかった。
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