一. メイスの幽霊

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 心臓がぎゅっと締め付けられて、リオは切なくなった。  そうだ。死を知らされなければ、お葬式さえあげられない。メイスはみんなに慕われていた人物なのに。だれもメイスに別れを告げられていない。  そのことを思うと悔しくて、リオはきゅっと唇を結んだ。メイスはきちんと弔われなければいけない人なのに。  すると切ない空気をはじくように、メイスがぱっと顔をあげた。 「でも、リオはどうして僕が見えるんだい?」 「あ……たしかに」  そういえば、どうしてだろう。昨日まで見えなかった幽霊が、どうして突然。  リオは考える。はっと、さきほど拾ったメモのことを思い出した。リオはポケットからそれを取り出して広げる。 「もしかして、これのせいじゃないかと思うんですけど」  メイスは覗き込んで、そのメモに手を伸ばした。すると紙に触れようとした指先は、すうっと透けてしまった。 「あ、やっぱり触れないね」 「っ!? こ、こわっ」 「幽霊だから仕方ない!」  先程までの切なそうな表情は一切なく、メイスは明るく言い切った。気まぐれで、切り替えが早いところは相変わらずである。 「これ、メイスが書いたんですか?」 「うーん……筆跡は僕のものだよね。でも、思い出そうとするともやがかかって……あーあ、生きてた時はなにかを思い出せないことなんて、なかったのになあ」 「自分でいいます?」 「そりゃね、真実だからね」  メイスは無邪気に笑った。たしかに、メイスの天才っぷりを否定できる人はこの学校にはいないだろう、とリオは思う。  十数人しか奨学金を受けられないここ<プラウ・カレッジ>で、メイスは数学、物理学などあらゆる理系科目の奨学金を受け、成績はつねに首席だったのだから。  そんなメイスをみて生徒たちは、『彼にはギリシア神話の知恵の女神<メティス>の加護がある』といつからか口にしはじめた。<メティス>の名は、メイスという彼の名前にもよく似ていた。
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