一. メイスの幽霊

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 リオ・ビショップは、ついに旧科学室の掃除を終えた。  たったひとりで、無駄にだだっ広いこの埃まみれの教室に雑巾をかけ、棚の中に眠っていたがらくたを捨て、きれいさっぱり片付けた自分をとにかく褒めちぎりたい。  リオは開放感でいっぱいになって、はああ、と歓喜のため息をついた。  南西に向かって突き出た大きな窓の縁にゆったりと腰掛けて、外の景色を眺める。中央校舎の最上階からみえるのは、午後のひかりを受けてきらめく林の緑と、どこまでも続く空。そのうつくしい景色をみているだけで、大仕事を終えたからだが癒されていく気がする。  この場所——全寮制の男子校<プラウ・カレッジ>の生徒たちは昨日、学期末試験を終えた。長期休暇がはじまるまでの三日間、荷造りをしたり、部活動にはげんだり、卒業を控えた十二年生たちは式の準備に追われていたりと、それぞれ自由時間を過ごしている。  リオは窓から地上を見下ろした。中央校舎を囲む堀の向こう側で、何人かの生徒がテニスコートに向かっているのが見えた。本当なら十一年生のリオもああして友人たちと楽しく部活動にいそしんでいるはずなのだが。  ——あと三日で、この天文部は廃部となる。  リオは空っぽになった旧科学室を見渡した。二年前までは二十人ほど部員がいたこの天文部も、今やリオだけになった。その理由はあらかた想像がついている。二年前、天文部の代表だった生徒が突然学校を辞めたのだ。  彼は頭が良くて、自由で、やさしかった。みんなが彼を慕い、もちろんリオも憧れていた。  彼が学校を辞めた途端に天文部はすっかり活気を失い、みんな次々と物理部や科学部に移っていった。けれどリオは一人になると分かっていてなお、やめることが出来なかった。  だって。  もしも彼が帰ってきたときここに誰もいなかったら、寂しいじゃないか。  けれど——彼は帰ってくることはなく、天文部の廃部はあっけなく決定した。
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