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 光一は学校の成績がよかった。高校一年の時の若い担任が、大学進学を勧めてくれたのでその気になった。科学的なレンコンの育て方を研究したいなどと言って、農学部のある東京の大学に進学した。  東京には初めて見るものがたくさんあった。流行の服も大きなイベントもかわいい彼女も、欲しいものは何でもそろっていた。  光一は茨城に帰りたくなくなった。帰れば味気ない人生が待っているだけだ。親には内緒で就職活動をし、「これを断ってはもったいない」と思われるような一流企業に就職できた。 「一度就職されて、そこからカフェをやろうと思ったんですか?」 「はい。一度しかない人生なので、せっかくだから好きなことをやりたいと思って」  その答えには少しだけ嘘が交じっていた。光一がカフェを始めた動機は一種の逃避だった。
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