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ブラインドの隙間から見える空は、降水確率三十パーセントという予報のわりにはどんよりと暗い色をしている。柴崎真里菜は狭い空を見ながら折り畳み傘のことばかり考えていた。天候や気温の急な変化に対応できるように折り畳み傘と薄手の上着はいつでも持ち歩いているが、今日に限って折り畳み傘を忘れてきてしまった。
「……よくなっているとは思いますけどね」
マネージャーの三ツ沢の声が聞こえ、真里菜は意識を窓の外から室内へ戻した。
残暑と呼ぶには暑すぎる日が続いているにもかかわらず、三ツ沢は常にきっちりとネクタイを締めている。ワイシャツに黒縁眼鏡の三ツ沢は声優事務所のマネージャーというより、銀行員か区役所職員に見える。
三ツ沢は「けどね」に続く言葉を探すように、ヘッドホンのコードをもてあそんでいる。オーディションに応募するためのボイスサンプルを聴いてもらっていた。三ツ沢は確かに「よくなっている」と言ったはずなのに、眉間にはしわが寄り、声は沈んでいる。
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