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プロローグ『残酷な人形遊びの劇場』
手を繋いだ親子の影が斜陽で長くなっていく。
豆腐売りのラッパが鳴り響き、電線に停まった烏が飛び立つ。地面に墨のような影を落とし、姦しい者は、手に鍋を持った奥様。豆腐売りを呼び止め、絹のように白い豆腐を鍋に迎え入れる。
駄菓子屋には子供達が並び、あちらこちらから楽しそうな笑い声が聞こえている。どこぞのなにがしの旦那が妾を孕ませた。三軒隣の奥様は使用人と愛の営み中だ。猫の目がきんきらきんに光り、あっちこっちで、にゃんにゃかお祭り騒ぎ。猫会議は本日も踊っている。
牛の頭のおじさんは言う。
「今日も満員かな?」
馬の頭のおばさんが答えた。
「さあ、どうだろうねぇ。あそこは人気だから」
また牛の頭のおじさんが言う。
「今夜こそは行ってみたいな」
また馬の頭のおばさんが答えた。
「早く行かないと席が無くなっちまうよ」
それを聞いて、牛の頭のおじさんは駆け出す。
路地裏の小さな劇場。いつからあるかわからない見世物小屋。
劇場の入り口は本日も長蛇の列ができていた。ひょろろん、ひょろろん。頭と尾が逆さまの蛇が、頭に最後尾の看板を巻き付けている。
牛の頭のおじさんは、「こりゃあ、今日も駄目かな」と言葉をこぼす。
そこへやってきたのは、猫の目をした犬。ぱっちり大きな瞳に斜陽を取り込み、らんらんと輝かせて牛の頭のおじさんのすぐ近くへ寄ってきた。
猫の目をした犬は言う。
「牛の頭のおじさん。チケットが余ってんだ。どうだい? 貰ってくれるかい?」
「おお! こいつはありがたい。でも、お高いだろう?」
「いんや。いつもどおりのアレで良いのさ。うちの連れが体調不良で、入れねぇんだ。一緒に見ないと来た意味ねぇもんな。おじさんに譲るよ」
「ありがたい。ありがたい」
牛の頭のおじさんは、猫の目をした犬からチケットを受け取り、恋に落ちたように胸を焦がした劇場へと足を踏み入れた。
真っ赤な毛氈の敷かれた階段を下り、奥へ、奥へ。
気が遠くなる程、奥へ。落ちていく。
上っていく。昇っていく。
開けたフロアには、煌びやかなシャンデリアが並び、外観からは想像もできないほど高い天井。
そこへ革靴の音が。カツンカツン……。
「やあやあ。いらっしゃいませ。お席はおわかりで?」
碧い瞳をした劇場支配人。
牛の頭のおじさんを羽根が滑るように軽く、お席へとご案内。
雨音と共に消える照明。
ビーッ……。
ブザーが鳴り響き、幕が上がる。
カタカタカタカタ……。歯車が動き始める。
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