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エピローグ『はやく逃げて』
カンカンカンカンカン……。
踏切が決まったように警鐘を打ち鳴らす。電車がいつものように走り抜けていく。少年の身体を引きずり、内臓をそこいら中にぶち蒔けていた。電線で右倣えをしていた烏たちが肉を啄んで逃げて行く。
普段となんら変わりない日常だった。人面犬は横断歩道を走って渡り、人面痣は両膝でお喋りを楽しんでいた。身体の連なったムカデ人間がお魚くわえたドラ猫を追いかけている。その姿を河童が川を流されつつ笑っていた。
雨が降り始める。人影は徐々に見えなくなる。路地裏の小さな劇場の扉が開いた。空色の髪の青年が楽しそうに歌っている。透き通った歌声は聞く人の心を溶かしていくほどに美しかった。夕焼け色の髪の少女が鬱陶しそうな表情をしつつ天を仰ぐ。傘がくるくる回る。
ぷああ。汽笛が鳴り響く。汽車が頭上を走っていく。にんまり顔の猫人間が顔を覗かせ、少女に手を振っていた。少女は手を振り返す。
雨は降り続く。劇場の扉に『本日の公演は全て終了いたしました』と札を引っ掛ける。スキップをしていた長靴を履いた猫が目の前で転んだので、青年が引っ張り立たせてやっていた。
長靴を履いた猫は青年に何度もお礼を述べ、再びスキップで去っていった。
ランタンを片手に、月光の雫を振りまきながら二人は道を行く。ゴミ捨て場に壊れた人形がいるのを見つけては、拾っていく。また一人、また一人、ヒトガタが連なって歩く。
「はやく逃げて。俺から逃げて。あなたを壊してしまうから」
青年は人形にそう囁く。心に指を当てると、人形は目を覚ましたように動き始める。今までずっと眠り続けていたかのように、自ら立って歩く。
雨はざあざあ降り続く。バケツをひっくり返したかのような豪雨となろうが、青年の周りだけは小雨のように見えた。弱い雨を身に纏っていた。
また違うゴミ捨て場で人形を見つけた青年は再び囁く。
「はやく逃げて。殺されてしまう。燃やされてしまう。もうあの子と遊べない」
ツギハギだらけの人形は嬉しそうに笑う。青年は人形の命の発条を巻いていた。傍らで少女は溜息を吐き、裏拍手を青年におくった。青年は眉を顰め、少女を睥睨する。彼女は猛毒を含んだ笑みを湛え、口を開く。
「貴方は良い趣味をお持ちです。こんなにいっぱい家族を増やして、とても優しい心をお持ちです」
了
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