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第五幕『しあわせさがし』
梅雨の時期には珍しい晴れ間だった。
夕焼け色の髪を風に乗せながら少女は跳ねるように歩く。
ぷっくり愛らしい唇から音楽が奏でられる。羽根のように丘を下り、ひたすら歩く。
「こんにちは。可愛いお嬢さん。今日はどちらに行かれるので?」
つり上がった目を二、三回ぱちくりさせ、蛍光色のスーツ姿の猫人間は笑う。にたりにたり。
夕焼け色の少女は笑う。あはあは。そして、口を開く。
「こんにちは。私はしあわせを探しに行くのです」
「嗚呼。左様で。それならば、このチケットは如何?」
取り出されたのは、古ぼけて色褪せた汽車の乗車券。
満天の星の下ならば乗車する権利を得られる。銀河鉄道の乗車券。
首を横に振り、少女は笑む。
「イエイエ。こちらのチケットは、転売や譲渡でなくとも、貴方様以外は、使用不可。貴方様が本物のアレであろうとなかろうと、永久の安らぎは等しく同じ。さてさて、如何程にいたしましょうかね」
「お嬢さんには敵いますまい。これはぼくが悪かった。さすれば、良い旅を」
「エエ。エエ。貴方様もどうか!」
夕焼け色の少女は猫人間に手を振り、別れる。
輝いた瞳が美しく光を反射していた。
ちょっとばかし進むと、潰れたカエルが鳴いている。
タイヤの跡が生々しく、飛び散った手足がちろちろ動く。
「もしもし。そこいくお嬢さん。どちらまで?」
「少しばかりしあわせを探しに」
「それならば、こいつは如何?」
千切れた舌を伸ばして木の葉を捲る。
毒々しい葉脈が正しくドクドクと脈打っている。
「躍動を感じて、自らを慰める。自慰はむなしいだけ。貴方様にも永久の安らぎを」
「これはありがたい。お嬢さんは天女か何か? こんな潰れたカエルの声まで聞いてくれるなんざ」
「あはあは。私は精霊でございます。貴方様はまさしくヒキガエル。綺麗に轢かれていますよ」
「こいつはいっぱいくらった」
「ではでは、ごきげんよう」
夕焼け色の少女は歩く。橋を渡り、道を行く。
太陽がひっくり返り、蒼褪めた月が神々しい。死んだ星達の囁き。
「やあやあお嬢さん。何してるんだい?」
頭に尻が、股間に顔が。逆さまになった男が声を発する。
それがまた何処から発した言葉だか……口から聞こえる訳でもなく、尻から出たものでもない。
前から聞こえたような、後ろから聞こえたような。
夕焼け色の少女にわかるのは、男が話しかけてきた事実のみ。
「私はしあわせを探しております」
「そいつは素晴らしい! 嗚呼! 素晴らしい! 貴女はしあわせになれるとも! 寄らば大樹の陰! 帰依だとも!」
「あはあは。私は頼るべき場所を知っております故。永久の安らぎを羽化に込めましょう」
「ありがたや! ありがたや!」
夕焼け色の少女に向かい、逆さまの男は脚を合わせ、背を反らす。少女は笑いながら去る。
口から音楽を奏でながら道を歩き続ける。
坂を上り、太陽が背中を赤く焼いていく。天は地に落ち、地は天に昇る。夜は降り、朝は昇る。
雨が一か所に降り続いている。星空の傘の下には、空色の青年がいた。
「しあわせは見つかった?」
「沢山ありました。本日もこの世界は美しくそして醜いです。だからこそ、安寧と静寂が恋しくなるのでしょう。嗚呼。とても良い一日でした」
「それは良かった」
二人の歌声が混ざり、大雨が降り始める。
雨に溶けていく。
「真実に触れてしまった者は、救われる事無く闇に溶かされていくだろう」
残念な事だ。
とても残念な事だ。もうかえれない。
しあわせは、あなたのかたわらに。
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