第七幕『信仰と種』

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第七幕『信仰と種』

 改めてご挨拶。  本日は、ようこそ俺の脳内へ。  ここは、俺が描いた妄想の世界。  ここは、俺が組み立てた捏造された世界。  だから、規則になんて従わない。  だから、生も死も関係ない。  そんな所だと言うのに、人生劇場は連日満員。ありがたいことやね。  ラッパを吹きながら、歌いながら、色んな世界を回って、色んな方法で宣伝した甲斐があったと言うもの。後をついて来るヒトもおったけど。  本日最後の見世物も、仏蘭西仕込みの人形劇(グラン・ギニョール)。残酷芝居。  糸も無く動く自立人形達による絢爛豪華な惨劇。彼女達は声を持たないので、全て俺が語ろう。  これが惨劇でも悲劇でも喜劇でも、どれでもあなたの思うように。  さあ、話を始めよう。闇の詰まった眩しい匣を開き、物語に陶酔する瞬間(トキ)(きた)れり!  いつの時代でも、人間は何かに縋って生きているものだ。自分は無宗教だと言い張っていても、正月には初詣に行くし、困った時は神頼みだと神に頼る事も、仏に頼る事もある。  信仰する対象を作ると、心の拠り所として機能する。それは何でも良い。苦しいと感じた時、悔しいと感じた時、悲しいと感じた時、そんな時に拠り所があれば良い。  それが何であっても、他人が干渉する資格は無い。  さて、こんな話がある。  ある小さな町では、金色の髪で碧い瞳を持って生まれた女を聖女として崇め奉る習慣があった。  生まれた時から聖女としての英才教育をされ、何不自由無い生活を約束されていた。  信者は毎日欠かさず聖女に祈りを捧げる。隣国で虐殺された宗教の聖書を読まれるだけだ。聖女は何もせず聞いているだけで良い。存在するだけで何も不自由しない。  聖女への祈りを欠かさない者はいなかった。誰もが聖女を崇拝し、心の拠り所としていた。  聖女自身に特殊能力は全く無かったが、来る日も来る日も崇め奉られ、自分以外の人間が下等な生き物だと思うようになってきた。  ある日。聖女のいる教会へ地獄に棲む天使がやってきた。 「もしもしお嬢さん。幸福の種いかがでしょう?」 「いいえ。いらないわ。わたくしは幸福ですもの」  聖女の答えを聞き、天使はすぐに地に還った。  それから七日後のこと。天国に棲む悪魔がやってきた。 「もしもしお嬢さん。不幸の種いかがでしょう? 絢爛豪華な惨劇をお試しいかがでしょう?」 「それは楽しそうですわね。おひとつくださいな」 「どうもありがとう。お代は三銀貨で」 「あら、それだけで良いの?」 「お安く売ります。なんと言っても、聖女様ですから」  聖女は悪魔に三銀貨を支払い、不幸の種を手に入れた。悪魔は天に還った。  不幸の種はすぐに発芽したので、聖女は教会の裏手に植えた。  その日から日照り続きだった。  これまでは温厚な気候で過ごしやすい町であったのに、異常な日照りが続いた。  聖女への祈りを欠かさない者達が、聖女に救いを求めるようになった。しかし、聖女には雨を降らす力が無い。特殊能力など何一つ無い。  ただただ自分を頼って教会に幾人も集まる。聖女に救いを求める。  しかし、聖女には何もできない。日照りが続き、作物が育たなくなってきた。  しかし、聖女には何もできない。 「聖女などいない!」  そう叫ぶ者が現れた。 「違う! 聖女はいる! この町に悪魔が隠れている! 見つけ出して火炙りにしろ!」  聖女は命令する。すぐに悪魔が見つかった。それは、茶髪に翠色の目をした女だった。  この者は悪魔ではない。ただの人間だ。あの悪魔ではない。どうして信者はこの女を捕まえてきたんだろうか。聖女は女を眺める。女は叫んだ。 「私は悪魔じゃない!」 「いいや。ガンダゴの奥さんが言ってたぜ。おまえが森で捕まえた鹿でスープを作ってたってな!」 「鹿のスープなんて皆作ってるだろ!」 「いいやいいや。おまえが悪魔だ! 暴れるのが何よりの証拠だ! 何にもしてないなら、抵抗しなくて良いだろ!」  男はそう言いながら、女を丸太に縛り上げた。そして、藁を積んで火を放った。女の絶叫が、町中に響く。何とも形容しがたい臭いが、重く流れていく。聖女は震えていた。  なんと恐ろしい物を買ってしまったのだろうか。  不幸の種は蔓を伸ばし、天を目指して教会の壁を這っていた。葉脈がドクドク震え、なんとも気味が悪い。  近くに置いていた鍬で切り付けると、ぶしゃああああと緑色の粘液が溢れた。  それを熱心な信者が見ていて――「聖女様の恵みだ!」と、バケツいっぱいに粘液を溜めて、枯れた畑へ撒いた。  すると、畑の作物が蘇り、すぐに実をつけた。これには聖女も驚いた。 「悪魔が退治されたからですわ!」  咄嗟に言葉が出る。信者達は喜び、更に聖女へ信仰を誓った。  それからは、不幸の種の蔓を切り、粘液を信者達に配るのが日課となった。  しかし、数日すると粘液が出なくなった。不幸の種は枯れている訳でもない。青々とした蔓を逞しく伸ばして、更に大きく成長している。葉脈は力強くドクドク震えていた。  困った聖女は、信者に告げる。 「町に再び悪魔が隠れている! 見つけ出せ!」  すぐに女が捕まえられた。また茶髪に翠色の目をした女だった。 「あたしは悪魔じゃない!」 「嘘つけ!」 「悪魔なら水に入ったら死にます。浮いてきたら悪魔です。試してみましょう」  聖女の提案で女は川に投げ入れられた。女は必死に沈んだままでいようとする。小さな泡が浮かんで水面で弾けている。だが、やがて大きな泡と共に女は浮かび上がってきた。 「この者は悪魔ですわ!」 「殺してしまえ!」  女は川に浮いたまま背中を槍で突かれ、死んだ。  薔薇色が川を流れていく。  聖女は不幸の種の様子を見に向かう。  毒々しい紅色の花が咲いていた。花に触れると、蜜がだらりだらりと垂れた。それを見ていた女が器に蜜を集めた。 「聖女様の恵みよ!」  不幸の種の蜜は町の特産品になった。  町が発展していく。小さな町が大きくなっていく。市場は賑わい、人々は笑顔で溢れ、幾人もが行き交う大都市へと発展していった。  だが、平穏はいつまでも続かなかった。大きな利益は、隣町との争いに発展した。  どうも戦況は悪いようだ。  これはきっと悪魔のせいだ。聖女は何度も繰り返した言葉を言う。 「悪魔が隠れている! 見つけ出して、殺せ!」  すぐに女が捕まった。それは、聖女の実の母親であった。茶髪に翠色の目をした女であった。 「この人は悪魔ではない! わたくしの母ですわ!」 「悪魔に決まっている!」 「だって、あなたを生んだのですもの」  後の言葉は、信者の言葉では無かった。  いつの間にか地獄に棲む天使がいた。聖女は涙を流しながら首を横に振る。  やめてくれ。やめてくれ。この人を殺さないでくれ。この人は、悪魔ではない。  聖女は叫ぶ。信者達は困惑の表情を浮かべていた。怪訝な表情を浮かべていた。これまで殺してきた悪魔と姿形はぴったり同じ。今回も悪魔ではないか。ひそひそ話が耳を貫く。  ここで地獄に棲む天使がもう一度口を開く。 「それじゃあ、聖女様。あなたが悪魔ね。だって不幸の種を――」 「殺しなさい!」  聖女の声の後、母親は首を鉈で落とされて絶命した。ここで地獄に棲む天使は言う。 「ご覧あそばせ。醜いこの景色」  不幸の種が伸び、大輪の花を咲かせている。蜜がだらしなく垂れ、甘い香りを放っていた。  信者達が花に群がっている。蜜を舐めた者は手に武器を持ち、叫ぶ。 「おまえが悪魔だ!」  互いに殺しあう。殺戮が始まる。殲滅が始まる。悲劇が始まる。喜劇が始まる。聖女は泣き叫ぶ。  どうしてこんな事になってしまったの?  聖女は不幸の種に火を放つ。不幸の種が燃やされる事に信者達が怒り、聖女へ手をあげた。槍が胴を貫き、鎌が首を刺した。 「絢爛豪華な惨劇はいかがでした? このお身体ですと、ご満足頂けましたね!」 「地獄の弁護団もこれでは助けることもできないでしょうに」  天国に棲む悪魔が舞い降りて、笑いながら聖女の亡骸を抱き上げて飛び去った。  地獄に棲む天使は溜息を吐きながら地へ還った。  これにて、この人形劇はおしまい。  そして、本日の見世物も終了。名残惜しいけれど、おわり。  お足もとに気をつけて。くれぐれも帰り道をお間違えなきよう。  またのご来場をお待ちしております。  それではまた次の雨の日に。
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