きっかけ

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財布だけ手にして、会社帰りの姿のままでマンションを飛び出した。 足元はサンダル…と言えば聞こえはいいが、ちょっとした買い物の時に履く気軽なサンダルだった。 それで走った。 マンションの前に沙織の車はもう停まっていなかった。 15分程走って司のバイト先である、バー『ブルーレイン」に着いた。 真夏の八月終わり、まだ明るい中を薄暗い店内へと扉を空けて入った。 扉の前で店を見渡し、見知った顔がない事に少しホッとするとマスターの声が聞こえた。 「いらっしゃいませ。」 優しい笑顔にさっきの電話を詫びながらカウンターの席に腰を下ろした。 「何にされますか?」 「ホワイトレディをショートで…。」 「大丈夫ですか?弱めに…。」 「強めで!大丈夫ですから。お願いします。」 はっきりと言うとマスターは笑顔で、 「畏まりました。」 と答えた。 「お手洗い、お借りしても?」 「ええ、左手奥です。」 まだいない新藤が来るなら、最後になるかもしれないなら、少しは綺麗に…そんな気持ちでお手洗いに入った。 鏡を前に髪を触り、走ったからかなりボサボサで、口紅くらい持ってくれば良かったとか、またくだらない後悔をした。 手櫛で髪を落ち着けて、洋服を見直してこれで仕方ないか、と諦めた。 お手洗いを出ると、目が合ったマスターがその視線を動かした。 ドア付近のテーブル席に新藤と司が座っていた。 何やら顔を近付けて真剣に話していて、こちらには気付いてない様で、倫子も知らない振りでカウンター席に戻った。 座ってカクテルを飲むと、マスターが倫子に何かを言おうとした瞬間、ドアが開いた。 「いらっしゃいませ。」 「こんばんは、あ、倫也!司さん。遅れてごめんね?電話してたの主人に…。遅くに帰るって言うから…。」 倫子の後ろでそんな声が聞こえた。
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