第3幕 ~制裁の舞台~

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 凍りついた部屋の中で、最初に口を開いたのは隼人だった。 「……どうかしてる、」  隼人は無意識に、薫のベッドの前に立ち、博己の視線から薫を守ろうとした。  薫は隼人を見上げた。怒りなのか、怯えなのか、顔を赤くして震える隼人に、薫は縋るような思いで、ぎゅっと彼の裾を掴んだ。  対して、博己は、反抗的なβに、片眉を上げて、可笑しそうに笑った。 「薫はあんたの番なんじゃないのか?」  隼人は良くも悪くも普通のβの男であった。今しがた、初めて言葉を交わしたαの男の考えなど理解できるはずもない。 「俺は番じゃない。……薫は、番なんかに囚われない自由なΩなんだ。なぁ、薫?」  「自由」という言葉に大きな含みを持たせて博己は、顔を傾けて薫に向けて微笑んだ。  隼人は理解できずに、怪訝に眉を寄せて薫に視線を流した。  二人の男に責める視線で見つめられて、薫はびくりと肩を揺らし、隼人の服の裾を放した。この期に及んで、隼人に守ってもらおうなどと姑息な考えは、最早、許されるはずもないのだと気づく。  薫は隼人に、多くのことを黙っていたし、「仕方なく関係していた」という言葉を湾曲して「無理やり犯されていた」などと博己は表現した。隼人が薫を守ってやる義理など、在りはしない。 「薫、やるんだ、わかるな?」  追い討ちをかけるように博己が急かす。薫は隼人の太股に縋りつき、股間に手を伸ばした。 「薫、やめろよ、」  隼人は驚いて、腰を引く。 「河島くん、君はあまり自分の立場が分かってないのかもしれないな、」  頭の回転の悪いβに、博己は意地悪く笑った。博己は直接的な言葉など使わない。そのような必要はない。  隼人は一瞬にして、博己の言葉の意味を多様な方向で解釈し始める。どれもこれも隼人にとって、最悪の結末であった。  この閉塞された学園は、まさに社会の縮図である。  αの更に頂点に君臨するαが、たった1人のβの人生を狂わすことなど、造作もないことであろう。この学園から追放することも、犯罪者に仕立て上げて社会的に殺すことも、悪趣味に遊び半分で私刑を加える贄にすることも、恐らく可能であった。  背筋に悪寒が走る。  薫が申し訳なさそうに隼人の太股を撫でた。二人は見つめ合い、とにかく、この場を穏便に済ませることを目配せで誓い合う。 「そうだ、薫にプレゼントがあるんだ。」  博己は笑って、ジャージのポケットから、チョーカーのような細身の黒い首輪を取り出した。  隼人に視線を向けることなく、薫のベッドに腰かけて、博己は番にするはずだったΩの首に手をかけた。Ωにとって首輪とは、αによって、望まない番の契約を強要されることを阻止する唯一の防御策であった。  不幸にも、薫には必要はない代物である。誰に噛まれても、番になることはなかったし、βの振りをしている薫には、Ωを主張する首輪は避けたい代物であった。それでも、博己は、薫の首に巻き付きついていた包帯をほどいて、代わりに黒い首輪をつけてやった。 「よく似合う。Ωらしくて可愛いじゃないか。」  博己は薫のこめかみ辺りに、優しくキスをした。首輪はΩを守るものではあるが、その存在は、Ωはαやβより、ずっと、遥かに、下等な生き物であることを、視覚的に知らしめているようであった。
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