第3幕 ~制裁の舞台~

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 αは暴君である。しかし、だからこそ、αは正しく在らねばならない。世界はαを愛して、最大限に自由を与えた。ならば、その代償は、自身の振る舞いに全ての責任を負うことである。  薫の秘密の暴露について、博己は真実を知る必要があった。他者の言葉を鵜呑みにすることなど有り得ない。自ら立てた仮説は、常に自分の目で検証する必要があった。そうやって、博己は自分の判断の正らしさを証明し続けて、生きてきたのだ。  薫は隼人の平常時のペニスをゆっくりとしごき、露になった亀頭に、唇をつけた。  瞬間、博己は気が遠くなるような失望を感じた。ほんの一瞬、隼人は薫の行為を止めさせようと思った。けれど、αの博己は前言を撤回するような恥ずべきことは決してしない。一度発した言葉は、彼の中では揺るぎない。後悔など、するはずもない。博己は、ポーカーフェイスを保ったまま、薄く微笑み続けている。  博己は薫に期待などしない。  やはりΩは、薫は、卑しい生き物であるのだと改めて思い知っただけのことである。首につけられた黒い首輪が月明かりに照らされて、艶かしく光る。その様を眺めながら、薫は、人間らしい尊厳もない家畜のようだと思った。  ただし薫が、隼人のような僅かな抵抗を少しでも見せていれば、薫のことを多少は見直したかもしれなかった。 「あなたのことが好きだから、他の人とはできない」  薫が、そんな当たり前の言葉を口にできたならば、この話はもう少し違う展開を見せていただろう。  されど、薫はαに逆らえるような教育は受けていなかった。命令されれば、従う。薫は自分で考えることを半ば放棄していた。それは、今まで、彼の思考や心は、踏みにじられ続けていたからに他ならない。いつも誰かの言いなりである薫は、自分の行動に責任を持つようなことはしない。いや、できないのだ。薫は常に「仕方なかった」と自分を慰めることで精一杯の生き方しか許されなかった。  薫もまた博己に対して失望していた。αなどに救いを求めた自分の愚かさを呪っていた。博己も他の、兄や、父のように自分を蔑み、苦しめる存在でしかないのだと思い知る。運命の相手など、身体が勝手に決めただけの紛い物に違いない。Ωの身体に押し込められた薫の心は、いつも窮屈に苦しめられる。  隼人のペニスを口で愛撫しながら、薫は絶望的な自分の未来に思いを馳せていた。  隼人の心は自己嫌悪に喘いでいた。博己と薫の間には、確かに甘い空気があった。けれど、番でもなく、恋人同士でもないようだった。支配する者と支配される者の図式が明らかになった今、苦しげにペニスにしゃぶりついている薫が憐れでならなかった。  3日前のあの日、薫は博己に目をつけられてしまったのだろうか。脅されて身体の関係を強いられたのだろうか。  薫が自分のことを利用していることは薄々感じていた。それが、事実であると突き付けられた隼人は、薫を切り捨ててしまうこともできた。それでも、薫への情愛は彼の中では大きな存在である。ならば、隼人は、博己の胸ぐらを掴んで、拳を振り上げるべきなのだ。  それでも、自分の身が可愛くて、強い者に屈して、薫を傷付ける道具となり果てている。薫への想いと、自身の行動への激しい矛盾に、隼人は嘔吐感すら覚える。  αに支配されながらも、上手く共存している振りをして、圧倒的な数の力で「常識」を構築しながら、Ωのような虐げられる者には目を瞑り、平穏に、ゆったりと、生きていくのがβの利口な処世術であった。それが今や、隼人の足元はぐらついて、今にも崩れてしまいそうだった。  この部屋は、陰鬱で淫らな空気が混沌と渦巻いている。なんのために、誰のために、彼等は、このような悪趣味なショーを興じているのだろうか。
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