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第9幕 ~天空の檻~
神崎響が大学の入学祝に贈られたのは、都内にそびえる高層マンションの一室だった。
夕焼けの優しい赤い光は、広い空と街並みを包み込むように染めていた。響は窓の景色を眺めながら、スマホを耳に押し当てる。
「母さん?薫が見つかったよ。」
「……そう、よかった、」
「どれだけ母さんが心配してるかを伝えたら、薫は、とても悔いて、反省しているようだよ。もう二度と寮から抜け出したりしないと約束もさせたから。」
電話口の向こうでは、安堵の息を吐く女の気配がする。響は自分の言葉を真に受ける母親のことを、鼻で笑ってしまいそうになる。母親の妄想通りに、薫が不良になってしまったのなら、母や兄が話をしたぐらいで更正することなど有り得ないだろう。
「だけど、薫は熱を出してしまって……、具合が悪そうだったから、俺の部屋に連れて帰ってきたんだ、」
「………ぇ…響の部屋に……?」
響の背後にある大きなベッドには、薫がぐったりと横たわっている。響はスマホを耳に当てたまま、窓から目を離すと、ベッドの脇に腰かけて、泥のように眠っている薫の頬を撫でた。
橙色に照らされた薫の顔は、少年から青年に移りつつあり、知らない男のようにも見えた。それでも、左目の下にある小さな泣き黒子は懐かしい。
「寮じゃマトモに看病なんてしてもらえそうにないし、そっちに薫を帰して、父さんと鉢合わせしたら、厄介なことになるだろ?」
「……そうだけど、」
母親は急に不安に襲われた。
響と薫が番の契約を交わした、あの日の悪夢が甦る。甘い香りが充満する部屋の中で、少年の衣服は無理やり剥ぎ取られ、赤い瞳の青年は少年を組伏せていた。
少年の処女膜は破られて、膣から血を垂れ流し、青年の腕や背中には引っ掻き傷がつけられていた。少年の首筋には噛み痕がつけられ、青年の犬歯には少年の血がついていた。
兄弟は涙を流しながら見つめ合い、そうするしかないように母親の目の前で、唇を重ね合わせた。
「学校には、母さんの方から連絡しておいてくれないかな?」
「それは、構わないけれど、」
響の長い指が、眠っている男のパーカーのファスナーを下げていく。薫は安らかな寝息を立てるばかりで、微動だにしない。パーカーの前が開くと、僅かにシャツが捲れて、脇腹が露になる。獣に噛みつかれたような真新しい痕を見つけて、響は息を飲んだ。
「薫はそんなに具合が悪いの?私も響の部屋に行こうかしら?」
「俺1人で大丈夫だよ。薫は、週明けには登校させるから。」
響は痕に優しく触れて、更にシャツを捲し上げた。身体中の至るところに無数につけられた噛み痕に、響は薫が夜通し何をされていたのか理解する。
「でも、響……」
「母さん、俺に任せてくれよ。大丈夫だから。」
まだ食い下がろうとする母親の声に、響は鬱陶しそうに電話を切った。
上半身を脱がされた薫は、響にされるがままに肢体を投げ出していた。響の指先が、痩せた白い肢体の線をなぞるように触れる。じんわりと腫れ上がっている右肩を撫でると、薫の眉がぴくりと動く。
けれど、重い瞼が開くことはない。
それは、薫が口にした薬剤には、痛み止の成分の他に、深い眠りをもたらす成分が含まれていたからであった。
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