第1幕 ~盾のβ~

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 薫と隼人の高校生になって初めての夏は、記録的な暑さだった。盆休みになれば、学生寮に住まう学生たちも各々が実家に帰省していく。  けれど、薫には、もう温かく迎えてくれる家族はいない。薫が学生寮に残ると知ると、隼人も帰省を取り止めた。  学生寮は閑散とし、人の気配が薄かった。窓の外では、うだるような暑さの中で、蝉がミーンミーンと煩く騒ぎ立て、思考力を奪っていく。隼人は、まるで世界には、自分と薫の二人きりなのではないかと錯覚を起こしそうであった。  そんな中で、薫はヒートした。  猛暑が続き、体調が良くなかったのか、抑制剤の効きが悪く、薫はベッドの中で乱れ狂った。隼人は噎せ返るような甘い香りの中で、薫を何度も抱いたのだった。  けれど、それは隼人の夢にまで見た薫の発情期の姿ではなかった。甘いキスをして、愛の言葉を囁き合って、淫らな薫は、更に美しく乱れて、隼人に抱いて欲しいと懇願してくるような、甘く蕩けるようなセックスを期待していた。  普通のΩなら、或いは隼人の期待に応えられたのかもしれない。ヒートした薫はあまりにも陰惨だった。狂ったように隼人のぺニスにむしゃぶりつく。  虚ろな瞳からは涙が溢れ落ち、苦痛に顔を歪めながら、隼人のぺニスを体内に受け入れ、だらしなく喘いだ。身体は小刻みに震え、冷や汗を流し、顔を紅潮させながら、何度も達しながら、「助けて」「許して」「ごめんなさい」と苦しげな言葉を繰り返す。  行為の相手が隼人であることも、理解できているのか怪しかった。すぐに失神し、目が覚めると発情し、また失神し、を繰り返し、みるみる衰弱していった。  それは、恐怖さえ感じるような代物であった。  隼人は、ついに薫は頭がおかしくなったのではないかと思った。このままでは、薫は死んでしまうと思った。  薫はたった一人で、奈落の底のような絶望の中にいた。番を失ったΩの発情は、酷い矛盾に苛まれる。雄を激しく求めながらも、番以外の雄を拒絶する。身を引き裂かれるような苦痛と快楽に、薫はたった独りで耐えていた。  隼人は口移しで、呆けている薫に水を飲ませ、粥を食べさせた。隼人がいなければ、薫は本当に死んでいたかもしれない。 「もっと……もっと、して、」  薫は自らアナルを広げて、目の前の雄を求めた。赤く充血した痛々しいアナルからは、愛液が、とろりと流れ出た。  何度抱いても、頭のおかしい薫でも、隼人にとっては魅力的で手放し難い雌だった。コンドームの箱を手に取る。既に使いきって空になっていた。 「いいよ、そのままハメて……」  薫の甘い誘惑に隼人は抗えない。隼人は薫を愛していると思った。  恋しくて、欲しくて、自分だけのものにしたくて、これが、愛なのだと、隼人はロマンシズムに酔っていた。コンドームをつけずに、直接、潜り込む薫の体内は、熱く蕩けて、ねっとりと絡みついてくるようだった。生き物のように、うねり、締め上げ、奥へ奥へと誘導し、隼人のぺニスに歓喜していた。 「あ、あ、いいッ……ああッ……」  薫はだらしなく喘ぎ、身体を震わせ、雄の精子を求めた。 「か、かおる……ッ」  隼人は射精を誘発されて、腰を打ち付ける。けれど、中で出すつもりはなかった。 達しそうになって、ぺニスを膣から抜こうとした。けれど、薫は隼人を逃がさない。 「なかに……ちょうだい……おねがい……ッあ、あ、あんッ」  薫は甘えるように懇願し、隼人が望むような甘いキスをして、全身を使って誘惑した。 「あ、かおる、でる……、なかに、いくッ」 「ん、あ、ああッ」  隼人は抗えずに、薫の体内の奥深くに射精した。薫は背中を仰け反らせて歓喜し、そのまま失神した。  ヒートとは、排卵であり、子を孕むための生理現象である。子宮が精子の到達を確認すれば、ゆっくりと薫の身体の熱は冷めていった。  隼人は射精の余韻に浸りながら、意識を飛ばした愛しい薫を見下ろした。薫の唇に、自身の唇を重ねた。ゼイゼイと浅い息を吐きながら、ぺニスを薫から抜いた。膣からは、とぷんと白い液体が溢れた。  隼人は少し冷静になり、それから、青ざめた。ヒートのΩに中出ししてしまった。薫は妊娠するかもしれない。  隼人は小刻みに震えて、口元を手で覆う。隼人の頭の中は、薫に種付けした恐怖で一杯だった。  Ωの男と伴侶になる。  Ωの男と子供を育てる。  βの普通の家庭で育った少年には、耐え難い恐怖である。世間には、後ろ指をさされるだろう。番にもなれないβがΩと結婚などすれば、愚かなβだと嘲笑の的である。彼の両親も決して許すことはないだろう。薫の責任など、取れるはずもない。  薫の重い瞼が開いた。気だるげに薫は身体を起こした。薫の目には光が宿り、正気を取り戻していた。膣から垂れる乳白色の液体を見て、薫は小さく溜め息を吐いた。 「隼人、俺の引き出しから薬を取ってくれ」  呆然とベッドに腰かけていた隼人は、言われるままに薫のディスクを漁り、薬剤の入った袋を薫に手渡した。 「なんの薬なんだ?」 「アフターピルだよ」  薫の子宮は、妊娠が困難な欠陥品であったが、それでも可能性がないわけではなかった。薫は薬剤を3粒、口に放り込んで、奥歯でガリガリと噛み砕いた。  その光景に、隼人は深く絶望する。  薫は、隼人との間に子供を望んでいない。ただ、快楽のために身体を繋げているのだ。雄なら、なんでもいいのだ。薫は俺のことなど愛していない。  隼人の胸の中に、ぽっかりと穴が空いていくようだった。  そして、隼人もまた、薫との間に子供を望んでいなかった。薫が大きく膨らんだ腹を愛しそうに撫で「産みたい」などと微笑めば、隼人は土下座してでも、その新しい命を堕ろしてくれと、懇願しただろう。だから、薫が避妊薬を口に入れている光景に、心の底から安堵した。  そのことに、隼人は深い谷底に落ちるような絶望を感じていた。  薫を愛しているなんて、嘘だった。  番になりたいなんて、嘘だった。  隼人には、高校を中退して両親からの反対を押し切って、薫の手を掴んで駆け落ちするような、そんな覚悟も、度量も、ありはしない。  隼人の身体は、大人のように成熟している。けれど、彼の中身は16歳の無力な子供でしかなかった。
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