第10幕 ~Ωの生存本能~

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 薫は昼過ぎからどこか熱っぽい気がしていた。何をするにも億劫で、昼飯の素うどんを作って腹を満たすと、ベッドに横になる。なんとなく、身体が怠く、頭が薄ぼんやりとしていた。特にやることも見つからないので、日も高いうちから、布団を被って、うつらうつらと惰眠を貪っていた。  日が暮れる頃には、ゆっくりと目を覚ました。朦朧とした頭でも、昼から続く身体の不調が、発情期の予兆であったことに思い至る。  動悸がして、息苦しい。身体が鉛のように重く、腹の奥から、じくじくとした熱を発して、全身に駆け巡っていくようであった。 「……ん、」  薫はベッドの中で身体を縮めて、なんとかやり過ごそうと目を瞑った。けれど、火がつき始めた身体は、薫の些細な抵抗など嘲笑うように、徐々に体温を上げていく。  響の部屋に囚われてから、抑制剤を投与していなかった薫は、自身の身体の異変から身を守る術がない。  ぞくぞくと背中が痺れ、下半身に血液が流れ込んでいくのがわかり、無意識に内股を擦り合わせてしまう。  意図しないタイミングで、勝手に発情していくΩの肉体に嫌悪感が募り、同時に、底の知れない恐怖が沸き上がる。  自身がヒートした後に待っているのは、いつでも不幸な結末でしかない。  頭上の枕を引き寄せると、番の匂いがするようで、薫はくんくんと鼻を寄せて、なんとか恐怖を紛らわせようとした。噛みつかれた痛みも、拒否する身体を無理やり貫かれる苦痛も、響の匂いを嗅いでいれば、少しは薄まった。 「……ぁ、………」  ツンと立ち上がった胸の突起がシャツに擦れて、薫は鼻から抜けるような甘い声を上げた。  神崎薫は男でもあり、女でもある。  誰にも理解されない孤独の中で、薫の使われたことがない男の性器は硬度を増し、使い込まれた女の性器は物欲しそうにうねり始める。  薫はシーツを噛み締めて、理性を失わないように、身体を震わせる。涙腺が緩んで、目の前が霞んでいく。  響の微かな体臭に包まれた寝室は、薫のうなじから沸き立つ、濃密な甘いフェロモンの匂いに侵食されていく。 「……ふ、……ん、」  シャツに擦れる胸がむず痒い。  素肌に張り付つシャツが煩わしくて、胸に手を伸ばして掻き毟る。ピリッとした痛みから、更に火がついたように乳首の痒みが増して、体温が上がっていく。  薫の腟が貪欲に快楽を求め始めて、とぷんと愛液を溢れさせた。下着を濡らして、薫はポロポロと涙を溢した。  黒いスキニーパンツは、勃起したぺニスを締め付けてきて、薫は痛くて辛くて、震える指でファスナーを下げた。下着越しにぺニスに触れれば、固くて、熱くて、しごきたくて堪らなくなる。軽く握り込むだけでも、先走りが溢れ出してくるようで、薫は、片手で胸を、片手でぺニスを慰めながら身悶えた。  けれど、Ωの肉体は自分で自分を追い込んでいくばかりで、決定的な快楽は得られない。 「は、……た、たすけて、……」  誰に救いを求めているのか。  薫は響が帰ってこないことを切に願う。  もう二度と禁忌を犯したくはない。響と薫が身体を重ねることは、神崎家の当主が赦さない禁止事項であった。けれど、それ以上に、薫自身も血を分けた肉親と身体を重ねることは、生理的な嫌忌を抱いた。  弟の薫は、兄の響を拒絶する。  けれど、いつだってΩの肉体は、薫自身を裏切り続けるのだ。  発情期のΩの嗅覚は、鋭く尖る。  部屋に残る微かな番の匂いに反応して、響を迎え入れることを期待する。そうして、早く早くと焦れるように、その肢体を熱く火照らさせていったのであった。
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