気弱な僕の階段を滑り落ちた話

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不意に階段を下りていて、全て転がり落ちた。 「痛い!」 そう叫べればどれだけ楽だっただろう。 でも僕は気を使ってしまって声を押し殺す。 物音で周りの人が気がついて 「大丈夫か?」 「怪我ない?」 何て声を掛けてくれる。 「大丈夫ですよ」 僕は大丈夫じゃないけど、周りに気を使って精一杯愛想笑いをして何事も無かったように取り繕う。 本当は大丈夫じゃない。 叫び声だってあげたい。 でもいつからか僕は声を押し殺した。 いや、ずっと声を押し殺しているのかもしれない。 私生活でも、仕事でも。 声だけじゃない。 本当は。 ある日、友人の晴耕が呟いた。 脈略も無く。 「無理すんなよ」 不覚にも涙が出た。 晴耕はそれ以上、何も言わなかった。 声はあげるべきなんだ。 でも、声をあげない事で上手く回る事もある。 どうやら僕は気弱なだけでなく不器用でもあるようだ。 そして僕は滑って落ちた痛みに耐えながら今日も一日を過ごす。 痛みに気を取られこうして耐え続ける事で僕はどうなってしまうんだろうかと一瞬考えたが、それ以上考えるのはやめた。 こんな日は晴耕に会いたい。 けど、事情を話したら茶化されるに決まっている。 人間、中々良き友人という物には出会いないものだ。 起きてしまった事はどうしようもないので気持ちを切り替えて今日も生きよう。 それだけが僕の希望であり、ささやかな抵抗なのだ。
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