一章 壊れたおうさま

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「病院で会ったわ、茶色のクマよね?」 「クマ? リチャードが?」 「うん。病院で会ったけど」 「そのクマ、どんな姿だった?」 「茶色い…白衣を着てて、特に特徴もないような感じだったけど」 「声は? 何か特徴はあったか」 「低い声。男性の声だけど、すごく特徴がある感じでもなくて…ごめんなさい、あんまり覚えてない」  リチャードに会った時、マリーは目を覚ましたばかりだった。記憶をたどろうとするが、あいまいな姿しか残っていない。クマだと思っていたが、茶色い別の何かだったかもしれない。 「ワシは会ったことはない。ただ、リチャードはニンゲンだという噂が出ていて、ワシはその調査をしている」  ドラゴンは窓の外に目をやる。外からは歓声や笑い声、激しい電子音に混じり、小さな声がいくつか泣くように響いて消えた。 「そろそろパレードが終わる。パレードの間はほとんどの命が外に出ているが、落ち着いたらこのビルにも命が入ってくるはずだ。それまでにウサギをかぶっておいた方がいい。ニンゲンだと分からないように」 「待って、私、死にたいの。だから見つかるとかどうでもいい。このビルの屋上から飛び降りれば、たぶん、ふつうに死ぬよね。それでいい、そうしたい」  ドラゴンがマリーに向き直り、長い尻尾を揺らして軽く床を叩いた。 「なぜ、そう死に急ぐ? 死にたい理由は?」 「知らないわ。生きていたくないだけ」 「なぜ?」 「知らない、生きることに興味がない」  強く言葉を発した後、マリーは頭を右手で軽く押さえて言う。 「私、もともと死にかけてこの世界に入ってきちゃったみたい。だからちゃんと死にたいの。自分の目的通り。理由は分からないけど、死にたかった自分の夢を叶えてやるの、それだけ」 「誰が死にかけたって言ってたんだ?」 「その、リチャードが」  ドラゴンはマリーに近づいて目を見る。病院で会った時には表情を殺していたのだろうか。視線一つに明らかな意図を感じる。 「その記憶、植え付けられたものかもしれない。お前は名前が馴染んでいなかった。本当に死にたかったのか? どうやって自分が死のうとしたのかを覚えているか?」  死ぬ瞬間の記憶は全く残っていない。でも今は、胸の中に死に向かわなければならないという焦りがある。 「その気持ちは、名前が馴染む前に植え付けられた偽の感情かもしれない。これまでにそうして記憶を操作されて物に落とされた命がいくつもある。ニンゲンのお前に同じことが起こるかは分からない。  だが、自分の感覚を無条件に信じるな」
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