一章 壊れたおうさま

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「ワシは病院の調査中だ。もう一度病院に戻る。お前はどうする?」 「私…」    死にたいという気持ちが身体のどこかにあって痛む。それがもし、自分の本当の気持ちでないなら、どうしたらいいんだろう。したいことも特にない。 「そういえば、ギルは?」 「あのハサミか。地上に降りたかな」  さっきまで泣いてたはずのギルがいなくなっている。話をしている間にまた外に出たのだろうか。窓の端から外を覗き見るが、すぐには見つからない。 「どうする?」 「一応、探してみる。私が名前をつけたし、どうかなってたら気になるし」 「わかった。ワシは病院に戻る。ウサギは着てから行け。あと、もしも何か困ったことがあれば、この部屋のじゅうたんの下に手紙を残して欲しい。リチャードのこととか、何か新しく分かったことがあればそれも」 「いいわ」 「頼むぞ」  部屋を出ようとするドラゴンに声をかける。 「待って、名前は?」  ドラゴンは振り返って首を振る。「名前は保護しているから話せない。『夜』に名前を壊されると命が壊れるからな。お前も気をつけろ」  ドラゴンが出て行った後、マリーはウサギの着ぐるみを着込み、ウサギの顔をかぶり直す。首周りの布が切れているのを白衣の襟を立てて隠す。視界が暗いのと頭が重いので歩きにくい。壁を触りながら時間をかけて階段を下りながら、あのドラゴンはマリーを抱えながらここまで上ってきたのだろうか、と考えた。  地上に下りると、大通りには破壊された物やちぎれたぬいぐるみの破片が散らばっていて、風もないのに振れるように動き続けていた。  ギルはどこに行ったのか。マリーは顔を押さえながら左右を見渡す。激しく動かすと大きな顔がずれ落ちそうだ。通りの端に光るものが見える。近づいてみると、中央のネジがはずれて刃がバラバラになったギルが倒れていた。着ていたはずの青いスカートがなくなり、周囲には赤い花びらが散らかっている。 「ギル?」  鼻をすするような静かな泣き声が聞こえて、マリーは外れた刃とネジを集めてギルを両手で抱える。ネジと刃が小刻みに震えていた。ぬいぐるみの皮膚を通して、ギルの悲しみが手のひらに伝わるようだ。 「何があったの?」  ギルは震えたまま答えない。マリーは刃を正しく組み合わせ、ネジを刃の中央に乗せる。ネジは自分でくるくると回って刃を締め上げた。 「話せる?」 「うわあああああーー」  刃が元通りにハマると、ギルは大声を上げて泣き始めた。通りかかったロボットに殴られ、倒れたところを誰かに踏みつけられ、踏んだ相手に服をつかんで放り投げられたようだ。 「赤い花、マリーのために持ってきたのに。だから取りに戻ったの。オイラだって命なのに。きれいなお洋服着て、おしゃれして歩きたい」  マリーはぬいぐるみの指先でギルの身体を拭くと、白衣のポケットにギルを入れた。 「ハダカじゃ恥ずかしいでしょ。服はこれから探しに行こう。もっと素敵なのあるよ、絶対」
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