一章 壊れたおうさま

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 町を歩いていると一階に布の並んだ店がある。ガラスの戸を開けて中に入ると、模様の描かれたカラフルな布や糸が棚に並べられていた。店内に虎や本、お皿がいて、それぞれ布を見ている。 「すごいね、たくさんある。ねぇ、見てごらん、布あったよ」  白衣のポケットから顔を出したギルは目を輝かせる。 「うわあっ! すごいねぇ」 「好きなのある? これ、お金とかないと持って帰れないかな」  マリーが店の中を見渡すと、奥で布を整えていた鏡がスタンドを動かしながら歩いてくる。反射する鏡面に目玉がついていて、鏡を囲む木枠が腕のように動いている。 「初めてのお客様でしょうか」 「ああ、はい。これ、欲しいのがあったらどうしたらいいですか?」 「わたくしにおっしゃっていただければ、必要な分を切ってお渡ししますよ」 「タダで? えっと、つまり何か見返りとかはなくていいんでしょうか」 「ええ、何も必要ありません」 「こんなにきれいな布なのに」  マリーは改めて店内を見渡す。白いタイルの床は美しく磨かれ、布は色やパターンごとに整頓されている。 「ここで布をお持ちいただく場合の条件は、必要以上を持っていかないこと。それと、物が役目を終えるまで愛することです。不要になった場合にはこちらで引き取りもしてますので、捨てずにお持ちください」  鏡が顔を向けた方向に、端切れの集められた棚があった。近くの壁には端切れで作られたリースやパッチワークが飾られている。 「物を大切に、それがこの店が目指していることです」  マリーはギルと一緒に布を見てまわる。 「ねぇ、見てマリー! あの青いのがステキだよ。黄色い線が入ってるやつ!」 「いいじゃない。これにしようか。すみません、これ、いただけますか?」  鏡が布切りバサミを持ってこようと奥のカウンターの裏に入った時、入口近くにいた虎が複数の布束を抱えて逃げようとした。ガラスの扉を肩で押して出ようとするが、扉が開かない。牙を見せ、唸り声を上げながら扉に体当たりするが開かない。  瞬間、天井から白い腕が伸びて虎を天井の中に連れ去ってしまった。  一瞬のできごとだったので、マリーは声を上げる暇もなく、虎が連れ去られた天井を見る。床と同じ白いタイルの天井には何一つ痕跡は残っていなかったが、天井から何かがつぶされるような音だけが聞こえている。それに、ビル全体が左右に少し揺れているようだ。 「困りましたね、物は大切にしていただかないと」  鏡はポケットの上からギルのサイズを軽く測ると、持ってきた布切りバサミで黄色い線の入った青い布を切り取った。
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