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町を歩いていると一階に布の並んだ店がある。ガラスの戸を開けて中に入ると、模様の描かれたカラフルな布や糸が棚に並べられていた。店内に虎や本、お皿がいて、それぞれ布を見ている。
「すごいね、たくさんある。ねぇ、見てごらん、布あったよ」
白衣のポケットから顔を出したギルは目を輝かせる。
「うわあっ! すごいねぇ」
「好きなのある? これ、お金とかないと持って帰れないかな」
マリーが店の中を見渡すと、奥で布を整えていた鏡がスタンドを動かしながら歩いてくる。反射する鏡面に目玉がついていて、鏡を囲む木枠が腕のように動いている。
「初めてのお客様でしょうか」
「ああ、はい。これ、欲しいのがあったらどうしたらいいですか?」
「わたくしにおっしゃっていただければ、必要な分を切ってお渡ししますよ」
「タダで? えっと、つまり何か見返りとかはなくていいんでしょうか」
「ええ、何も必要ありません」
「こんなにきれいな布なのに」
マリーは改めて店内を見渡す。白いタイルの床は美しく磨かれ、布は色やパターンごとに整頓されている。
「ここで布をお持ちいただく場合の条件は、必要以上を持っていかないこと。それと、物が役目を終えるまで愛することです。不要になった場合にはこちらで引き取りもしてますので、捨てずにお持ちください」
鏡が顔を向けた方向に、端切れの集められた棚があった。近くの壁には端切れで作られたリースやパッチワークが飾られている。
「物を大切に、それがこの店が目指していることです」
マリーはギルと一緒に布を見てまわる。
「ねぇ、見てマリー! あの青いのがステキだよ。黄色い線が入ってるやつ!」
「いいじゃない。これにしようか。すみません、これ、いただけますか?」
鏡が布切りバサミを持ってこようと奥のカウンターの裏に入った時、入口近くにいた虎が複数の布束を抱えて逃げようとした。ガラスの扉を肩で押して出ようとするが、扉が開かない。牙を見せ、唸り声を上げながら扉に体当たりするが開かない。
瞬間、天井から白い腕が伸びて虎を天井の中に連れ去ってしまった。
一瞬のできごとだったので、マリーは声を上げる暇もなく、虎が連れ去られた天井を見る。床と同じ白いタイルの天井には何一つ痕跡は残っていなかったが、天井から何かがつぶされるような音だけが聞こえている。それに、ビル全体が左右に少し揺れているようだ。
「困りましたね、物は大切にしていただかないと」
鏡はポケットの上からギルのサイズを軽く測ると、持ってきた布切りバサミで黄色い線の入った青い布を切り取った。
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