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「あの、すみません。私たち、この世界で生まれたばかりなんですが、いろいろ教えてもらえませんか?」
マリーは胸くらいの高さのビスケットに丁寧な口調で伝える。
「なに、あんた命になったばっかりなの?」
「はい。ビスケットさんは長くここで暮らしてらっしゃるみたいだったので」
「あたしはリズ。あんたは?」
「マリーです。こっちはギル」
ギルは刃を上にしながら歩いてきて、マリーの足元からビスケットのリズを見上げる。ドラゴンも鏡も自分の名前を明かしたがらなかった。でもリズは違うようだ。
マリーは、パレードの先頭で見かけた女性を思い出して言う。この世界を創ったという彼女は、王冠の上の木に縛りつけられていた。
「パレードで『おうさま』の姿を見ました。この世界を創った人なら、もっと大切にされていいんじゃないかって思って。命たちを創ったのは彼女なんでしょう?」
マリーの質問を聞いたリズは細い手でビスケットの頭をかき、軽く視線を空に流す。
「最初はそうさね。彼女は安易に名前を与えすぎたんだよ」
「名前?」
「そう、いい加減な気持ちでつけられた名前には、心が込もらないんだよ。彼女は名前をつけるたびにモノが動き出すのが楽しくなって、どうでもいいような名前をいっぱい付けてしまったんだ」
マリーは自分に名前を付けた時のことを思い出す。それからギルに付けた時のこと。心を込めて付けた名前だと言えるだろうか。その場で思いついた名前を付けただけ。それでよかったのだろうか。
「名前はね、愛情なんだ。生き物が最初にもらう愛情」
愛情のこもらない名前を受けた生き物たちは、自分の意志が不明瞭で、他の生き物を傷つけるのを厭わない。一切の口答えをせずに、ただ言われたことに従うだけの生き物もいる。凶暴に暴れまわる生き物も現れ、秩序を守るために法律が生まれ、危険な生き物たちは刑務所に入れられるようになった。
「もともと病院なんてなかったんだよ、この世界にはね。誰も病気になんかならないから。今、病院があるのは、暴れた生き物たちに傷つけられ、自分自身を見失うような病気が増えたからだよ」
「『おうさま』になんとかしてもらえないの? 名前をつけ直してもらうとか」
「彼女はもう、正しい名前の付け方を忘れてしまったし。もう彼女に名前は付けられない」
「どうして?」
「壊れた物に声帯をつぶされたんだ。それまではあたり構わず名前を付けて、悪い生き物ばかりが増えたんだよ」
「『夜』ってご存じですか?」
「ああ、会ったことはないけど、噂だけはね。『夜』も壊れた命の一つだって言われてる」
マリーはクマの医者、リチャードの言ってた言葉を思い出した。
「ただし、『夜』には気をつけて。この世界には毎日、二時間だけ夜がくるけど、いつどこに来るかははっきりしてないんだ。生きている物は、夜に外に出てはいけない。恐ろしいことになるからね」
「『夜』に会うとどうなるの?」
「あたしには分からないね、興味もないよ。あたしはただ、ここにこうして寝転がって生きられればそれで満足だよ。あたしの人生を豊かにするのは寝転がるスペースとほんのちょっとの甘さだけさ」
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