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「マリー、あれ見て! あれ、たぶん壊れてるよ!」
ギルが刃先を向けた先に、ビスケットが一枚倒れていた。リズと同じような細い足がクリームの中から生えているが、足を伸ばしたり縮めたり、規則的な動きを繰り返している。
そばに寄ってみると、ビスケットの身体の一部は誰かに食べられてなくなっていた。
「ひっくり返してみて! 目を見たら分かるよ」
マリーは両手でビスケットを持ち上げて立たせる。ビスケットの真ん中に長丸の白い目が二つついているが、右目にしか黒目がなく、さらに黒目は小刻みに左右に振れていた。
「ほらねっ。目が変な方向見てるでしょ」
ギルはマリーの身体に飛び乗り、服につかまってビスケットの右目を片方の刃で触る。ギルがひっかくように引っ張ると、ビスケットの右目は身体から外れて地面に転がる。落ちた後も黒目は揺れ続けていた。
「あはは、まだ動いてるよっ。すごくない? マリー、見て―!」
ビスケットの左目もはぎ取ろうとするギルをマリーは右手で掴んで遠ざける。
「どうしてそういうことするのっ」
「…なんでー? どうしてダメなの?」
「命にそういうことしちゃダメなの」
「でももう、ほとんど壊れてるよっ。目が取れても動いてるのおもしろくない?」
「おもしろくないよ、かわいそう」
「どうしてー?」
ギルの声が小さくなる。マリーはギルを地面に下すと、ビスケットを仰向けに寝かせた。身体の三分の一がなくなっていて、ビスケット自体もやわらかくなっている。
「かわいそうって、なにー?」
「…わかんない。わかんないけど、なんかやだなって感じるの」
マリーはビスケットの横に座ってギルを見る。ギルはマリーの立てた膝の上に飛び乗り、耳を澄まさないとよく聞こえないくらいの声で小さく言う。
「もうしないようにする」
「うん」
「マリーがイヤなことはしないようにする」
「うん」
マリーはギルを乗せて立ち上がり、ビスケットを見下ろす。
「壊れた命って、どうなるんだろう。物だったら死なない? 命だと死ぬのかな」
「わかんないー」
マリーは足で地面を軽く蹴る。地面は固くて掘れそうにない。草を千切ってビスケットの上にかけようと考え、ビスケットの近くの草を両手でつかむと、ひいっという短い悲鳴が聞こえた。つかんだ草の一本に小さな二つの目が生えていて、その目に涙がにじんでくる。
「生きてる?」
マリーが聞くと、目のついた草は頭を下げるようにしてうなずく。マリーは草の束から手を放し、近くの草を見る。他に目がついている草はいないようだ。
「あなた以外の草は生きているの?」
草は首を振る。この草は生きていて、ほかの草は生きていない。自分の中に、死へ向かう衝動がこびりついている。もしも自分が死んだら、私は物になるのだろうか。それとも、生ききれず死にきれないような状態で存在し続けることになるのだろうか。
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