一章 壊れたおうさま

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一章 壊れたおうさま

 部屋の外は中と同じように白かった。卵を半分にしたようなドーム状の建物で、真ん中が吹き抜けになって一階までが見下ろせるようになっている。天井全体が光っているのか、内部全体が白くまぶしい。円形の通路には均等に配置された白い扉がつづいている。  マリーは落ちないように囲われたガラスの塀から、身を乗り出すように下をのぞき込む。今いるのは最上階、ここは五階建てみたいだ。各階の通路を、赤や緑の着ぐるみが動き回っている。 「あー、ハダカー!」  マリーが声のする方に目を向けると、小さなサメのぬいぐるみが、巨大なキリンのぬいぐるみと一緒に近づいてくる。サメは胴体にエメラルドグリーンのマフラーを巻いていて、それで身体を滑らせながら床を進んでくる。首が長すぎるキリンは、歩きながら天井に首が擦れて傾いていた。 「ジョン、見ちゃダメっ」  キリンはサメの頭を踏みつぶして両目をふさぐ。小さなサメは尾を振って逃れようとするが、キリンはさらに力を込めてサメを踏みつけ、サメの顔は平らく地面に押し付けられた。 「ちょっとあなた。どこの部屋の方かしら。卑猥なかっこうで歩くのはやめてくださらない? 子どもの教育上、問題があると思いますの。ここには小さい子も多いでしょう?」  キリンは赤いハートマークのついたウールのセーターに、花柄のスカートを着ていた。スカートの下から鞭を振るように尻尾が揺れる。キリンの口元には笑顔が縫い付けられていたが、怒りが尻尾に乗り移っている。  マリーにとっては着ぐるみが服の代わりだ。恥ずかしいという感情すら湧いてこない。ぬいぐるみの言うことなんてほっておけばいい。マリーはキリンの言うことを無視して、キリンが来たのとは別の方向に歩き出した。 「まあっ! 何かしらあの態度は。最近の若い子ってみんなああなのかしら。だからウサギはダメなのよ。うちの子はああいう風には育てたくないもんだわっ」  マリーは足を早めた。自分がダメでも問題ない。すぐに死んでやるんだから。 すれ違ったこげ茶のイヌが「おうおうおう」という声を上げてマリーの身体に触ろうとしてくる。マリーが手を振り払い「触んないでよっ」と怒鳴ると、イヌは「そんな恰好してるからよぅ」と両足で交互にジャンプして見せる。  ガラス張りの広い部屋が見えてきた。部屋の中には机が並んでいて、中央のホワイトボードには書き込みがあった。ナースステーションのようだ。さっき病室に来た白い猫がいた。ノブに力を込めると、ドアは簡単に開く。白猫がこちらを見た。 「あら、あなたは。お身体はもう大丈夫ですか? 十分動きますか?」 「平気。ハサミとかない?」 「ハサミ? 何に使われるのでしょう?」 「分厚い布を切るためのやつ」 「分厚い…、布は難しいかもしれませんが、手術用のものなら隣の部屋にありますよ」  マリーは白猫について隣の部屋に入る。
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