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最上階は一階と同じように等間隔に窓が配置されていたが、梁がむき出しになった天井からは黒いコードが垂れ下がり、壁の一部にはヒビが入っていた。
「このビルに名前をつけて動かすことはできる?」
マリーはギルを地面に下しながら聞く。
「マリーならできるはずだよー」
マリーは軽くうなずいて、ウサギの着ぐるみの頭を取ってから、エレベーターが一階に下りないように扉に挟み、窓に走り寄って地上に目をやる。
赤いランプが数を増やしながら、大通りを埋めてビルに近づいてきていて、まるで赤い水が浸み込んでいるように見える。もう下には降りれない。それどころか、ここから出ることもできなさそうだ。助かるには、ビルごとここを離れるしかない。
マリーは周囲に目を走らせながら、名前が浮かぶのを待つ。ケント、ジャック、ララ、ユウナ。さまざまな名前が脳によぎるが、どれもしっくりこない。思いついた名前をてきとうにつけても、命にはならないはずだ。マリーにはまだ、命を吹き込む名前のつけ方は分からなかった。
心の中でクレアに呼びかけてみるが、反応はない。マリーは自分の頬を片手で触る。ぬいぐるみのやわらかい質感が手のひらから伝わってくる。クレアはマリーの感覚だと言っていたが、会話ができなくてもマリーの感覚が失われるわけではないみたいだ。
その時、ふと一つの名前がマリーの頭に浮かんだ。
「あ、『ア』ってどうかな」
「ア?」
「うん」
「それって名前?」
「そう。なんか変だけど、それが一番いい気がする」
マリーは部屋全体に声が届くように目を左右に走らせながら言う。「ねえ、起きて。あなたの名前は『ア』」
ビルは上下に激しく揺れ始め、マリーは足を開いてバランスを取る。窓の外に目を向けると、ビルの下のほうから砂煙が上がっているのが見える。ビルが、立ち上がろうとしているんだ。
「コココンニチワ」
天井の梁に設置されていた小さなスピーカーから、声が聞こえてきた。ジャリジャリと濁った音は、徐々に鮮明になる。
「ナマエ、アリガトウ、アナタハ?」
「私はマリー。ねぇ、変な奴らに追われていて、すぐここから逃げたいの、手伝ってくれる?」
スピーカーからノイズが聞こえ、落ち着いた後に美しい女性の声でアは言った。
「承知イタシマシタ。ドチラヘ移動シマショウ」
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