二章 物語という病

12/21

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
 ドラゴンと落ち合いたかったが、少しこの場所から離れたほうがよさそうだ。マリーは窓を少し開いて外を見る。頭が赤いランプに変わった物たちは、ビルの近くをうろつき、壁をよじ登ろうとしている。窓を割って中に入ってきた物もいるようだ。 「オイラにも見せて!」  マリーは足をよじ登ろうとするギルを窓枠に乗せようとして、そこに文字が書かれているのに気づいた。 死のない世界で物のように生きつづけよ。 「これなにー? なんてかいてあるの?」 「自分で勉強してね」 「オイラ、べんきょうはスキじゃないからしたくないの…」 「好き嫌いでするもんじゃないの」  マリーはギルを右ポケットに入れると、アに声をかける。 「中に入ってきた物たちを振り落とせる?」  一階に侵入した物たちが上まで来ると厄介だ。マリーが言うと、窓ガラスが割れる音がして、一階の窓から赤ランプの物たちが吹き飛ばされた。窓の外に黒くて長い物が一瞬だけ見えた。あれが中から赤ランプの物たちを投げ飛ばしたのかもしれない。  マリーはひどい頭痛を覚え、頭を抱えて膝をつき、窓に両手をかける。脳が揺さぶられるような感じがして、気分が悪くなる。大きく呼吸をしていると、そのうち視界が暗くなり、自分の呼吸音だけが脳内に響くようになる。  遠くで名前を呼ぶ声がする。声が徐々にはっきりしてくるのと引き換えに、頭に憑りついた痛みが離れていった。 「マリー、マリー! だいじょうぶ?」 「あなた、様子がおかしいわよ」  ギルの声に混じってクレアの声も聞こえてきた。マリーは目を開けて立ち上がる。ビルの揺れは続いていたが、窓の外に赤ランプの物たちの姿はなくなっていた。 「マリー、へいき?」  ギルがポケットの中から顔を出してマリーに話しかける。 「もう平気。追っ手もいなくなったみたいね」 「おって?」 「頭が赤いランプになったやつらのこと。さっきまで、ビルを囲んでたでしょう?」  ギルは答えずにポケットの中に身体を沈めた。 「オイラ、わかんない…」 「あなたが見てた赤いランプ、私たちには見えなかったわよ」  マリーの心の中でクレアが言う。マリーはもう一度窓の外を見る。ビルの周りには飛び散ったはずの赤いランプの物たちの破片は見当たらない。一階の窓はどれも閉まっていて、割れているかどうかは最上階からはよく見えなかった。しかし、窓枠に文字が書かれている。 死のない世界で物のように生きつづけよ。  さっきと同じ言葉だ。 「ギル、この文字、さっきもあったよね」  マリーはギルをポケットから掴み出す。 「うん、うん」 「さっきと同じこと書いてあるよね?」 「わかんない。オイラ、ことばがよめないから」 「私がここに上ってくるまでの間に何があったか話してくれる? ギルの目線で」 「えと、マリーがすごくはやくいっちゃったから、まってーってこえかけたのね。そしたら、きゅうにはしりだして、オイラをつかんでビルにとびこんだの。エレベーターでここまできたら、ビルにナマエをつけて命にしたんだ」 「私を追ってきた物たちのことは見なかった? 頭が吹き飛んで赤いランプが代わりに生えてきて、すごい音を立てながら追いかけてきたやつら」 「わかんない、ごめんなさい」 「ギル、さっき、この文字について聞いたよね? なんて書いてあるのって」 「うん。マリーがじっとみてたから、なんだろうってきになったの。でもおしえてくれなかった」 「私、勉強しろって言った?」 「うん。そのあと、マリーがきゅうにすわりこんだの」 「そう」  マリー自身も記憶していることと、ギルが覚えていることが違っている。どちらの出来事が本当に起こっていることなのだろう。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加