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「大通りを右へ。おうさまのところへ案内するわ」
クレアの声が心に響く。マリーは迷っていた。緑のドラゴンに会いに行くか、クレアの声に従うか。
「私が心配しているのは、あなたが病気にかかったんじゃないかっていうこと。おうさまならそれを治せるかもしれない」
「治せる?」
「そう。おうさまがニンゲンなのはあなたにも分かるでしょう。あなたと同じニンゲン。物たちよりもあなたにとって信じられる存在じゃない?」
マリーは窓の下に座り込んで壁に寄り掛かる。まただ、気持ちが不安定になり、窓の外に飛び降りてしまいそうになる。死にたい衝動と、それを押しとどめる気持ちがマリーの中でたびたびぶつかり合い、胸が痛む。早くなる呼吸が収まってくると、マリーはビルに声をかけた。
「ア、聞こえる? 大通りを右へ行って」
「いい判断よ」
何が真実かは分からないが、マリーはおうさまに会ってみたかった。人形のように扱われている彼女が、本当にニンゲンなのか確かめたいとマリーは思った。
「だいじょうぶ?」
ギルが座り込んだマリーの足に乗り、顔を覗き込む。ビル全体が左右に揺れながら持ち上がると、ビルの下から四本の足が生え、激しい音を立てながら大通りを移動する。思ったよりも早い。マリーは窓から少しだけ顔を出す。
「なんか、虫みたいね」
移動するときの音がうるさすぎて、また頭が痛くなる。マリーは両手で頭を抱えて言う。
「サンデル」
ギルが不思議そうにマリーを見上げる。マリーが「静かにしといて」とつづけると、騒がしかった音が急に消えた。
「わっ。きゅうにしずかになった!」
「音に名前をつけてみたの。すぐに分かってくれたみたいね」
「オトにナマエをつけるのもできるの!」
「黙ったってことはそうじゃない?」
「じゃあ、オトも生きてるのかなぁ」
「さあね、知らない」
命をもったビル「ア」は、大通りにいる物たちを蹴散らしながら移動をつづける。アの足に踏みつぶされ、逃げまどう物たちの悲鳴が聞こえる。マリーはうるさい悲鳴の黙らせ方を考えていた。全部踏みつぶすように命令しようか。それとも名前をつければいいのか。
「あの石壁を越えたら草原がつづいてる。丘陵の向こうへ、そのまままっすぐ行って」
大通りの先に背の低い石の壁が左右に広がっているのが見えた。町を囲んでいるのかもしれない。通りは石壁にぶつかって途絶えている。マリーの背丈ほどの石壁を、アは足を伸ばして乗り越える。その先はゆるやかな丘陵がつづく。
遠いの小高い山の上の空が一部、真っ黒に渦巻いている。
「あれ、夜じゃない」
マリーは心の中のクレアに問いかけた。
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