二章 物語という病

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「そうね」 「あれが『夜』なら、私の腕から出たのは関係なかったんじゃない?」  クレアは答えない。マリーはビル全体に山へ行くように声をかける。 「あのクロいののところにいくの? マリー、あぶないよう」  マリーの肩に乗っていたギルは、山の上空に見える黒い煙に怯えるように言う。マリーはギルには答えず、窓から『夜』を見ていた。単に渦巻いているだけじゃない、あの煙には意志がある。マリーはそう確信した。 「ア」は速度を落とさず丘陵を越え、山へと向かう。しかし、山の途中で速度が遅くなり、ビル全体が大きく揺れ動き始めた。マリーが窓から身体を乗り出してみると、「ア」の足が山の中に沈んでいる。どうやらこの山はかなりやわらかいものでできているようだ。足をとられ、進めなくなっている。「ア」が小刻みに揺れながらゆっくりと山の上に倒れかかる。  マリーは窓の横の壁を支えにして衝撃に耐える。倒れた時の揺れでギルがマリーの肩から転がり落ち、そのままポケットに入った。  マリーは円形のビルの壁を走り、他の窓に駆け寄って外を見た。『夜』はまだ山の上にいる。マリーは窓から出て山頂まで走る。泥の上を走ってるみたいに斜面はやわらかく滑りやすかったが、沈むほどではない。ポケットの中からギルがマリーを止める声がしたが、マリーは構わず走る。マリーは『夜』が意志をもって自分を見ているのを感じていた。煙の動きが、マリーが窓から飛び出た時に敏感に反応していたからだ。  頂上近くに来ると、煙の一部が細長く伸び、マリーへと向かってきた。そのままマリーの周りを包み込む。辺りは暗くなり、周囲は何も見えなくなった。立ち止ると少しずつ足が沈んでいくので、マリーは足を止めずに走り続ける。  誰かの声が聞こえる。マリーは最初、クレアの声かと思ったが違うようだ。声が違う。小さな声で何を言っているか分からないが、声なのはわかった。マリーは耳をすます。『夜』の声だろうか。それとも他に誰かいるのか。煙に包まれていると、霧に包まれているようにひんやりと冷たい。  しかし、息苦しさは感じなかった。匂いもしないし寒さも感じない。マリーは目を閉じ、さらに耳をすませる。自分の走る音、心臓の音、呼吸音。マリーが音に集中していた時、何かが胸に突き刺さったのがわかった。 それは、ギルの刃だった。 マリーは足を止めて自分の胸を触る。ギルの尖った刃が、マリーの右胸に突き刺さっていた。 「死にたかったんだよね?」
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