二章 物語という病

17/21

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
 マリーの目が光に慣れてきて、少しずつ周囲がはっきりしてきた。十歩歩いたら反対側の壁に行きついてしまうほどの小さな部屋の端に、机と椅子が置いてあった。机の上にはランプがあり、それが静かに室内を照らしていた。椅子には、縛られた黒い髪の女。おうさまの女だ。 「アーアーアーアー」  マリーに気づいたのか、女は下を向いたまま声を上げ始める。女は声のリズムに合わせ、足をバタバタと動かした。  マリーは女に近寄り、髪の毛を分けて顔を見る。ひどく痩せているかと思ったらそうでもないことをマリーは不思議に思う。 「もうほとんど人形化しているのよ。食べることと排泄することは生きていることの証。物になったらそれはなくなる」 「物になりかかってるから、痩せることも太ることもなくなってるってこと」 「そう」 「この世界の命は、光を食べて闇を排泄する。光がないところで存在しつづけられるなら、それは物の証よ」  女を縛っている縄をほどこうとするが、固く結ばれていて縄は解けない。マリーは縄を切るためにポケットからギルを出す。 「やだあ、オイラ、こわいよう。こんなところにいたくないよう」 「縄を切るだけ、ちょっと暴れないで」  ポケットにうずくまろうとするギルを引っ張り出し、ギルの刃を使って縄に切れ目を入れる。 「マリー、えっ、どうしたの!」  女の顔を見たギルが大きな声を出す。顔を上げた女と、マリーの目が合った。 「このヒト、マリーとおんなじカオしてるよ、どうして?」  マリーは自分のニンゲンの顔を見たことがない。女の顔が自分と同じと言われてもすぐに理解ができなかった。女の縄を解いたマリーは、手を引いて女を立たせようとするが、女は騒ぎながら暴れて床に倒れる。腕を引っ張って起こそうとした時、女の両足に青黒いアザがあることに気づいた。女はマリーの手を振り払い、机のそばに丸くなって頭を抱え始めた。身体が小刻みに震えている。女は何かを恐れているようだ。  かつてのマリーのように。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加