二章 物語という病

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 少女は雨の中、膝を抱えて地面に座っていた。指先が赤くなり、身体の震えが止まらない。歯が顎から激しく震えていて、膝に顔が乗せられないほどだ。首には細い鉄の鎖が巻き付いている。裸足の足の指先が赤い。雨の音だけがずっと響いていて、この世界にはどこにも人がいないみたいだ。少女の細い足には青黒いアザが残っている。徐々に感覚がなくなってくる。少女は自分の両足の指先を触るが、赤くなった足は他人のそれのように、自分のものとしての感覚がなくなっていた。  ふいに、背中を押されるような感じがして、少女は振り返る。黒い革靴で、誰かが背中を蹴っている。雨で目がふさがってよく見えない。少女が顔を上げると、そこには黒く長い髪の女が立っていた。 「マリー!」  ギルの声がして、マリーは目を覚ます。雨音はどこにも聞こえない。あまりにも鮮明な記憶が、マリーの中に残っている。あれは誰だろう、マリーは思った。あれは私じゃない。  少女を見下ろしたのは、マリー自身だったから。  顔を上げた少女は、半開きで生気のない目をしていた。 「物のような子」  マリーは彼女を見下ろしながらそう思ったのを覚えている。目の前の女は、少女にそっくりだった。黒く長い髪と、焦点の合わない視線。怯えるように頭を抱える。  マリーは女を立たせようと腕を掴む。 「立ちなさい!」  苛立ちが染みのようにマリーの中に広がる。唯一残っているニンゲンがこれか。何の助けにもならない。 「立って!」 「やめて、あなたおかしくなってる」 「うるさいっ」  無理やり引っ張ろうとするが、女は石のように重い。マリーは両手を使って腕を引くが全く動かない。何度か勢いをつけて引っ張ろうとするが、壁に取り付けられた鎖を引いているみたいに、引くたびに反発されるだけだった。マリーは諦め、女の手を離す。もういい、ここに置いていこう。もう、どうでもいい。  女が落ちた腕の動きにつられるように倒れ、そのまま動かなくなった。  壁の近くにいたギルが、女の近くに駆け寄る。女の顔の前を行き来し、声をかけるが、反応がないようだ。 「死んだ…?」 「ちがう、物になったみたい」  ギルは悲しげな顔でマリーを見上げた。
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