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「外に、出てみてはいかがですか? ここはとても素敵な場所ですよ。気分も変わるかもしれません」
白猫がぺったりとした青色の目をマリーに向ける。固まった笑顔と針金のような黒いひげが両頬に三本ずつ生えている。後頭部の看護師用の帽子は、頭部に結び付けられているのか落下しない。
マリーは最初、自分に声をかけられているとは思わずに、白猫の平らな青い目を見ていた。あらゆる物事への実感がない。心がなくなってしまっているようだ。
「マリーさん?」
名前を呼ばれてようやく自分に向けられた言葉なのだと気づく。しかし、自分にかけられた言葉もどこか遠くで響く物音のようにしか感じない。自分と言葉とのつながりがどこかへ行ってしまい、あらゆる物事と分断しているようだ。
「興味がないの。何にも」
「じゃあさっ、オイラのために一緒に外に出ておくれよっ。オイラ、生まれたばかりだろう? 一人じゃ心配だからさっ」
「嫌。一人で行って。あなたが切ってくれないなら、別のハサミにやらせるわ」
マリーがテーブルの上にあるハサミを取ろうとすると、脳内に少女の姿が浮かんだ。黒くて長いまっすぐな髪の毛。顔がよく見えない。彼女は泣きながら何かを言っているようだ。よく聞こえない。マリーは少女の声に集中する。
た す け て
彼女の姿はすぐに消えた。胸が熱いような気がする。彼女が残したような声は本当に彼女のものだろうか。マリーは息を吐く。
「マリーさん? 聞こえてますか」
何回か白猫に名前を呼ばれて、マリーは周囲を見渡す。
「マリーって私よね?」
「そうです、マリーさん。名前がまだあなたに馴染んでいないみたい。だから不安定なのよ。大丈夫、すぐに落ち着きます。それまで少しこの子と一緒にいてはどうでしょう」
白猫はギルガメッシュに、マリーの名前をなるべくたくさん呼ぶように言う。
「マリーさんが自分でつけた名前を忘れさせないようにしてね。名前はこの世界ではとても重要なものなの」
「分かったよ! オイラ、マリーの名前をいっぱい呼ぶようにするよ。だからマリー、一緒に外に出てみよう! きっと素敵なことがいっぱいあるよ!」
「そうね…」
外に出ることにはあまり興味を持てなかったが、先ほどの少女の姿が気になった。
「そこのロッカーに白衣や手術着が入ってます。サイズもいろいろありますから、好きなのをお召しください。そのまま出歩くのはあまりよろしくありませんので」
「オイラもなんか着たい!」
マリーは機械的に白猫の指示に従い、ロッカーを開ける。裾の長い白衣を取って羽織ると、ロッカーの上の棚にあった緑の布をギルガメッシュに渡す。
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