二章 物語という病

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「アルフレッド、地上まで私たちを連れて行ける?」  マリーが名前を付けたばかりの壁に声をかけると、壁が上下に振動を始める。壁の石が、地上に向かって地中を這う音がする。  マリーは倒れたままの女に近づく。目や口から黒い煙があふれ出ている。煙が肌に触れながら室内に満ちていく。マリーは自分の中に怒りが貯まり始めているのを感じていた。身体の中に熱湯が溜まるように、血管を通じて熱が走るようだ。 「この世界にあるもの全部に名前をつけたら、モノみたいに扱われる存在ってなくなると思う?」  マリーはおうさまと呼ばれていた女と目を合わせながらギルに話しかけた。ギルはマリーを見上げるが、問いかけには答えない。 「この世界にあるすべての物に名前をつけて、モノみたいに扱われる存在をなくしたい」  マリーの中に充満していた怒りが、一つのエネルギーみたいに細胞に行き渡り、怒りという感情的な何かとは違うものに変わっていった。  石壁が一部崩れるような音がして、壁に巨大な口ができた。 「外に出たいのだな。私の口の中に入るといい。そのまま地上へ連れて行こう」  壁が大きく口を開け、マリーはその中に顔を入れる。壁に囲まれた丸い空が見える。小さな円筒状の空間が壁の中に生まれていて、井戸の底から空を見上げているみたいだ。マリーは部屋に戻って女の腕を肩にかけ、口の中に運び込む。 「マリーまって! そのヒトといっしょにケムリがそとにでちゃうよっ」 「何かまずいの?」 「そのケムリ、『夜』なんでしょう? ワルいものなら、ここにおいていったほうがいいかもしれないよ! だって、命がこわされちゃうかもしれないんでしょう? ここにとじこめたほうがみんなしあわせだよっ」  マリーは女を口の中に運び込んでから、ギルに向かって両手を伸ばす。ギルはハサミの持ち手を下にして駆け、マリーの両手に飛び乗った。 「閉じ込めたら、その「みんなのしあわせ」の中に、この煙が入らなくない?」  マリーは壁の中に入ると、ギルを両手に乗せたまま壁に声をかける。 「地上までお願い」  床がエレベーターのようにゆっくり持ち上がり、マリーたちを地上へと運んだ。
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