三章:最初に名前をつけられるということ

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「その人はどこにいるの?」  マリーは心の中でクレアに話しかける。 「『最初に名前を付けられた者』は始まりの土地にいるはず。でもそれがどこかは分からない」 「何の役にも立たない話ね」 「それでも探さないといけないわ。あなたが物語病に完全に侵されてしまう前に」 「完全に? 今の私は完全体じゃないってこと?」 「あなたはとても微妙なバランスの上にいる。ニセの名前を可能な限り呼ばせないで、名前から距離を取って。そうじゃないと、物語が次々と生まれて、あなたを侵食するわ」 「どういうこと?」 「ありもしない出来事を、事実のように思いこむということ。それは事実とほとんど変わらないほどの現実感をもってあなたに迫るはず」 「今、私があなたと話していることがニセモノの記憶だってことはない?」 「それはない。あなたは今、感覚で私と話しているでしょう。あなたは身体。だから感覚ととても近い存在。『夜』は感情。だから心である彼女ととても近い存在。自分の感覚に集中して。そしたら、非現実の出来事を見分けられるはず」 「そう」  マリーは人差し指を口元に当て、足元で一生懸命、マリーの名前を呼び続けていたギルを黙らせる。 「しばらく、私の名前を呼ばないで、いいわね?」 「ええー、どうしてー」 「私、どうやらニセモノらしいの」 「ニセモノ? マリーが? なんで?」 「しっ、名前を呼ばない」 「あっ、ごめんなさい。でもどうして?」 「病気なんだって。名前を呼ばれるとそれがひどくなるって」 「ふぅん。わかったよ。だけどそれ、どうやってなおせばいいかわかる?」 「わかる。ちょっと待ってね」  マリーはまた、クレアの声に集中する。 「彼女はここに置いて行って平気なの?」 「あなたが名前を付けたアルフレッドにしばらく守ってもらいましょう。あと、『夜』もいるし」 「私をここに連れてきたのは『夜』だよね。私を町まで戻してもらえないかな」 「『夜』があなたをここに連れてきたのは、彼女の心をあなたという器に移すため。心が失われかけていることを、『夜』はとても悲しんでる」 「助けは得られそうにないってことね、分かった。少し休んで夜が明けたら町へ戻りましょう」  町に戻ってドラゴンを探そう。あのドラゴンは自分の名前を隠していた。何か知っていることがきっとある。 「『夜』はここにいるから明けることはないけど、少し休んでから行きましょう。あなたの身体はとても疲弊しているから」  クレアの声が止まる代わりに全身が倦怠感で重くなる。足も腕も痺れるような感じがする。マリーは地面に横になり、そのまま眠りに落ちた。
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