三章:最初に名前をつけられるということ

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 前にパレードを見た三階まで下りると、マリーは奥の壁際のじゅうたんをめくる。何かあれば、じゅうたんの下に手紙を残して欲しいとドラゴンが言っていた。もしかしたら、向こうも自分にメッセージを残しているかもしれない。大きくじゅうたんを引っ張るが、何もない。マリーはじゅうたんを元に戻し、今度は窓側のほうを引っ張る。じゅうたんの下に折りたたまれた紙が挟まれていた。 「すべては病院から始まった」  開いた紙にはそれだけが書かれていた。マリーは紙を半分に切って元通り、じゅうたんの下に戻した。意味は分からないが、こうしておけば誰かが見たことは伝わるはずだ。 ある命が生まれてから、この世界に差別が始まったとドラゴンは言っていた。 病院に戻ってリチャードに会おう。マリーは階段を下りてビルの外に出る。入り口で会ったキリンのぬいぐるみと花柄のカーテンが、マリーを見て声を上げる。 「えっ、ニンゲン⁉」 「まぁ、いやだわ。本物かしら」 「大変よ、ねえー! 誰か―!」  病院はビルの目の前だ。マリーは大通りを横切ると、病院の白いドームの入り口まで走った。入り口の扉が開き、マリーが中に入ると、病院の中には何もなくなっていた。病院にはただドームの外壁が残っているだけで、エレベーターも病室も廊下もなにもなくなっている。いや、地面に床やエレベーターが崩れた残骸が散らばり、その間に治療を受けていた物たちが倒れていた。ギルがポケットの中から声を上げる。 「うわぁっ。なにがあったの!」  怯えるギルはポケットの中に潜って震え始める。ぬいぐるみは生きていたのが分かるが、壁や床、ガラス器具や衣類が散らばっていると、どこまでが生きていた物で、どこまでがただの物なのかの区別がまったくつかない。    開いたままの扉から外を見ると、物たちが集まってこちらを見ている。しかし、病院には近づきたくないようだ。 「誰かいる? 誰か!」  マリーは大きな声で呼びかける。動く物がないか、神経を集中させるが、応じる声はない。 「ギル、周りに生きている物がいるかは分かる?」 「うえっ、うえっ。なんかみんなこわれちゃってるっぽいよう」  ギルは震えたままポケットから出てこない。 「分かった。私が周りを歩き回るから、なんか生きてそうな物がいたら教えてくれる?」 「…うん」  マリーはギルの入ったポケットに軽く手を当て、レースを巻いただけの足で、がれきの間を歩き始めた。
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