三章:最初に名前をつけられるということ

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 マリーは動いている物を発見するため、目と耳に注意を向けながら、ゆっくりと瓦礫の上を進む。突然、金属が震えるような騒音が聞こえ、マリーは息が止まりそうになる。音が聞こえたほうへ歩いていくと、斜めに倒れかかった扉の下で、空き缶が飛び跳ねていた。 「ねぇ、あなた生きてるの?」  マリーが呼びかけるが空き缶は応えない。ただ、弾かれるように飛び上がっては扉にぶつかるので、ただの物とは思えない。 「こわれちゃってるとおもうよ」  ギルがポケットから少しだけ顔を出して言う。 「名前を付ければ、治るのかな」  マリーは目をつぶって心の中を探るように適した名前を探す。マリーは誰かに背中を押され、瓦礫の上に倒れこむ。足にガラスが突き刺さり、血が流れている。痛みで喉がつまる。マリーは起き上がって自分が押された方向を見る。そこには黄色い斑点のある緑のドラゴンが立っていた。 「あなた、どういうこと?」  ドラゴンは何も応えず、マリーに向かってくると、ガラスの刺さった足を蹴飛ばした。 「痛っ、やめてっ」  怒りで頭が熱い。信じて探しに来たのに、こいつも裏切るのか。マリーはポケットからギルを出し、逆手に握ってドラゴンの足に突き立てた。ドラゴンがよろける。マリーは足にガラスが刺さったまま立ち上がり、ドラゴンの胸にギルの刃を突き立てる。肉に刃が刺さる柔らかい抵抗があり、血があふれてマリーの両腕が濡れる。 「…ねえっ、ねえっ! マリー! やめてっ」    ギルの叫びが聞こえる。マリーは両手でギルを握りしめ、その刃で自分の足を刺していた。近くにドラゴンの姿はない。 「うっく、うう、ひっく」  自分の足からギルを抜くと、傷口から血があふれて止まらない。マリーは足に巻いていたレースを傷口に巻くが、レースはあっという間に赤く染まり、血はあふれ出すままだ。心臓の拍動に合わせて響くように痛む。ほかに傷はない。 「誰か、私を推した人がいたと思うけど、見た?」  マリーはギルに聞くが、刃が血だらけになったギルは首を振る。 「だれもいなかった。マリーがころんだだけ。いきなりさけびだして、びっくりした」  ギルは途切れ途切れに話す。  病気による幻覚だろうか。しかし、今、信じている現実のほうが幻覚で、真実がさっき見た世界ではないとどうして言えるだろう。ドラゴンに突き立てた刃の感触もまだ残っている。真実はなにか、私は自分で見極めなければならない。 「ヘパト」  マリーは自分の血に名前を付けた。あふれていた血は集まり、レースを巻いた傷口の上で指先くらいの大きさにまとまった。 「そのまま、傷口のとこで止まっててくれる? これ以上血が流れないように」 「ワカッタヨー」  血の塊に小さな口ができて、それが高い声で返事をした。 マリーは立ち上がり、缶が物音を立てていた扉の下をのぞきこむ。缶はすでに動かなくなっていた。死んだのか、もともと生きてなかったのかは分からない。その奥に、ぬいぐるみの白い腕が見えた。  扉をどかすと、そこに倒れていたのはマリーが目覚めた後に出会った白猫だった。左腕が千切れ、綿が腕の根元から飛び出していた。マリーが横向きに倒れていた白猫を抱き起こすと、白猫は薄く目を開けた。
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