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肩の上にいたギルガメッシュは布を着せて欲しいと飛び上がりながらマリーに頼む。マリーはギルガメッシュをテーブルの上に乗せると、布をハサミの身体に巻きつける。
「わあーい、やったー!」
テーブルの上で回転しながら飛び跳ねるハサミを見ながら、マリーは自分の中に感情を探す。服くらいでなぜそんなに喜ぶのか、マリーにはよく理解ができない。
「マリーさん、外に出てみてください。今日の空の色は紫色で、ピンク色の雨が降る所もあるはずですよ。鮮やかな色を見たらきっと心が動くはずです。この世界の美しさに気づけば、死にたいなんて気持ちもどこかへ飛んでしまいますから」
マリーは無言で白猫を見つめる。ぬいぐるみの平たい目と動くことのない笑顔からは、白猫の本音が感じられない。ギルガメッシュはこんなに全身で感情を表しているのに、白猫にはそれができないのだろうか。
「行こうよ、マリー!」
「マリーさん、部屋を出て左に進むとエレベーターがあります。そこから地上に出られますよ。マリーさんが自分を見失いそうになったら、名前を呼んで。あなたはマリー。いいですね?」
白猫は何度も繰り返しマリーの名前を呼ぶ。自分でつけたはずなのに、その名前が自分のものなのか、実感がない。自分の名前はマリーじゃないんじゃないか、そんな気がする。
「私がマリー?」
「そうですよ、マリーさん。死にかけた人間によく起こる現象です。名前が自分から離れないように、何度も自分で思い出してください。あなたに名前がなじむまで、いいですね」
「オイラがいっぱい呼ぶよ! マリーの名前、何度も呼ぶよ! だから行こう!」
ギルガメッシュはテーブルから飛び降りて出口へと走った。マリーはその後をほとんど自動的に追う。
「お気をつけて、マリー」
二人が出て行った後、白猫は小さくつぶやいて部屋の扉を閉めた。
二人がエレベーターに乗り込むと、黄色い斑点のある緑のドラゴンが場所をあけるように身体を壁に寄せる。ドラゴンは小さな両手を前に差し出したような姿勢のまま、背中から飛び出たスペード型のうろこをやわらかく揺らした。半開きの口元は真っ赤な色のフェルトでできていて、笑顔の形状に縫い付けられている。
マリーはボタンを押そうとして操作パネルに近づく。一階ボタンを押して下がると、何かを踏みつけた。足元を見ると、ドラゴンの長いしっぽをうさぎの足で踏みつけている。
マリーが顔を上げると、ドラゴンと目が合う。身体に比べて小さな顔だ。表情が変わらないので、何を考えているかが分からない。謝るべきだろうか、しかし、そもそもぬいぐるみたちには痛いという感覚があるのか。
マリーは小さく頭を下げ視線を反らす。ドラゴンは何も言わないが、まだマリーを見ているのを感じる。
エレベーターが一階に着くと、ギルが小さな歩幅で飛び出していった。見上げるとドーム状の天井全体が白く光って病院内を明るくしている。天井も壁も階段も手すりもあらゆるものが白い。ぬいぐるみたちのカラフルな色合いがお菓子のように浮いて見えた。
「あそこ、出口っぽいよ! 行ってみよう!」
小さな歩幅で走りながらギルが言う。その先には白い大きな両開きの扉があった。マリーとギルが扉の近くに来ると、扉は自動で開いた。外に出る前に振り返ると、ドラゴンはまだエレベーターの中で、マリーのことを見ていた。
薄い紫色の空が目に入る。雲の色がエメラルドグリーンだ。焦げ茶色の道路の先には緑のツタに覆われた赤いビル。隣にはキノコのような形の屋根の建物があり、屋上からは大きな木が一本生えていた。
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