三章:最初に名前をつけられるということ

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「あなた、生きたいの?」  クレアに聞かれてマリーは答えられない。 「答えられないなら、いなくなっても構わないでしょう?」  そうだ、自分は死んでしまいたかったのだし、もともと存在してなかったなら、もとの状態に戻るだけだ。 「ねぇっ、だいじょうぶ? みんなをはこぶ?」  ギルに話しかけられて、マリーは我に返る。 「運ぶ?」 「このままでいいの? ナマエをつけたら動けるようになる?」 「ダメッ!」  クレアが拒否の声を上げる。 「彼らに新しい名前をつけてはダメよ」 「どうして?」 「自我がどんどん増えてしまうわ。名前をつけて新しい生命となった彼らが、あなたに従うかどうかも分からないし」 「じゃあどうすればいい?」 「…最初に名前をつけられた者を探しに行きましょう。もう一度。リチャードがこの状態なら、これ以上危害を加えられることはないわ」 空では『夜』と『夜』が争い合い、触手のようにうごめく闇が地上にぶつかって生命を奪っていき、鞭で叩かれたような跡が地面に増えていく。この中を抜け、また町へ戻るのか。 「キトラ、きてくれるかな。キトラ―!」  ギルが名前を呼ぶが、水は呼びかけに応えない。 「新しい名前をつけ直せばいいわ。それで水は蘇る。地面にまだたくさん水分が残ってるもの」 「新しく名前をつけたら、もうキトラじゃないのよね」 「そうよ。でももともとキトラには別の名前がついていたじゃない。壊れかけてたのをあなたが救った。もう一度救うだけよ」 「キトラ!」  マリーは濡れた地面に向かって同じ名前を呼ぶ。しかし、水が反応する様子はない。物は死んでもただ動かなくなるだけだ。物を見慣れているマリーには、あまり不思議さはない。マリーは立ち上がったまま心を静めて名前を探す。ぜんぜん違う名前か、それとも元の名前と近い名前か。 「テトラ」  地面にふくまれた水分がマリーの足元に集まり、人の胴体のような形になった。 「テトラ、聞こえる?」 「聞こえる。あなたが名前をつけたのね、それには感謝する。じゃあ行くわ」 「えっ、待って」 「なに?」 「私たちを町まで運んで欲しいの」 「イヤよ」  テトラの頭のような部分からは細いアンテナが多数伸び始める。指が空気を触るような感じでアンテナが動き、周囲の様子を探っているようだ。 「あの黒いの、イヤな感じがする。私は地面に潜る。それじゃあね」 「ええーっ、まってよう!」  ギルがテトラの近くに走り寄って声をかけるが、テトラは地面に沈み消えていった。 「キトラはやさしかったのに…」  名前が変わる、生まれ変わるということは、誰かが死んだということなんだわ。マリーは手を伸ばし、ギルをポケットの中に入れた。
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