三章:最初に名前をつけられるということ

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「正確には、あなたが一番存在しない存在なのですけど」    マリーが物語病によって生まれた疑似人格なことを言っているのだ。おうさまが目覚めたら、彼女に身体を返してマリーは消えることになる。 「今の状況について聞かせてくれる? あと、対処法があれば」 「『夜』のことですわね」 「そう。なんか今は二つの『夜』が戦ってる。それに、リチャードがおうさまと同じ顔をしていたわ。あれはどういうこと」 「リチャードは、おうさまの悪意に名前がついたものですわ。おうさまは自分の暗い心が許せなかったのです。それで物に名前をつけるのと同様に、悪意を切り離せるか試してみたのですわ」 「それって、私が名前をつけた時と同じ感じ? つまり、名前をつけてニセものの人格をつくるってこと」 「その通りですわ。リチャードは物語病としての人格をもち、その時に感情である『夜』もおうさまのものとリチャードのものに分かれてしまったのです。リチャードは自分が切り捨てられたことが許せずに、おうさまが名前をつけた物たちを次々と壊していきましたの。  物たちは壊されたことによって生命の一部を失ってしまったのですわ。そこから物同士の差別が生まれ、悪意や憎しみが世界に増えてしまいましたの。リチャードはもともと悪意そのものでしたから」 「物語病は名前を呼ぶ物がいて悪化するんじゃなかったっけ」 「リチャードは物たちに名前をつけて生命にして、彼ら全員に自分の名前を連呼させたのですわ。そして、おうさまが名前をつけた物たちを壊し、自分がつくる生命を増やしていったのです。ですが、この時はまだ、二人ともあなたの身体を使っていたのですわ」 「一つの身体に二つの人格があったということ?」 「そうですの。二つの人格にそれぞれ感情があり、それが『夜』になったのですわ。一つの身体を取り合って争い合い、結局、二人とも追い出されて身体だけ行方不明になってしまったのです。それから私と、リチャードが最初に名前をつけた者は、それぞれ身体を探しましたわ」 「リチャードの最初に名前をつけた者?」 「白い猫に会いませんでしたこと?」 「ああ、看護師の」  マリーは病院にいた白猫のぺったりとした青い目を思い出す。 「あなたがどこにいたのか、わたくしたちには分かりませんわ。ですがとにかく、あなたは白猫に見つけられ、病院に保護され、自分で自分に名前をつけさせられたのですわね」 「どうして名前をつけさせられたの?」 「あなたは分かりません。でも、あなたの身体は二つの心をどちらも拒否したのですわ。リチャードは自分を拒否した身体にニセの人格を植え付けることによって、自分を受け入れるようにしたのかもしれませんわ」 「でも、彼らだって身体があるじゃない。この身体とそっくりな。そのままじゃダメなのかしら」 「そっくりに見えても、あれは人形ですから。身体があることが、人間の心には必要なのでしょう。あなたはなぜ、自分の心を拒否したのか、ご自身でお分かりですか?」
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