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マリーの手のひらから、跳ねるように水が飛び上がって丸いでっぱりをつくる。でっぱりには小さな二つの細長い目が生まれ、その下の割れ目が元気よく口を開いた。
「あたし、ピピ!」
「こんにちは」
「こんにちはっ」
ピピはそう言って高い声できゃあきゃあと笑う。声に惹かれてギルがポケットから顔をのぞかせた。
「ピピ、あなたにお願いがあるの」
「なあに? なんでも言って! あたし、なんでもできるから!」
でっぱりから細い腕が二本生えてきて、腰に手を当て身体を揺らしながら、マリーの手のひらの上を歩き出す。それを見てマリーは思わずふき出し、そして涙が出た。
「あらっ、どうしたの。あなたの涙のおかげで、あたし、成長しちゃうわよ?」
「ありがとう。ふふ、私、なんかずっと、笑うことってなかった気がして」
病院で目を覚ましてからここまで、自分が笑うことなんてあっただろうか。マリーは振り返る。ずっと世界中、ぜんぶを嫌って生きてた気がする。自分のことも含めて。
「笑えなかった時は、笑いたくなかった時よ、きっと。だったら無理に笑うことなんてないわ! ねぇ、もっと水をちょうだい! あたし、もっとおっきくなりたいの!」
ピピは両手を広げてマリーの涙を受け止める。マリーは鼻をすすりながら、ピピを地面に下した。
「ほかの水を、あなたの一部にできる?」
「もちろんよ! すぐできるわ! あたし、できないことないの!」
ピピが腰に手を当てながら泥水の上を歩くと、ピピは泥の中の水を吸収してどんどん育っていった。歩きながら鼻歌まで歌っている。
「あのこ、たのしそう。オイラもまざりたい!」
ギルがポケットから飛び出て、ピピの後ろを歩き始めた。ギルがピピの鼻歌に合わせて歌い始めると、ピピも口を開けて大きな声で歌い出す。
「らんら、らんら、らんららー! らーらー、らんららー!」
メロディもてきとうでリズムもめちゃくちゃなまま、二人は歌いつづける。
「あなた、名前なぁに?」
「ギルだよ」
「へえー! かわいい名前ね!」
「うん、彼女がつけてくれたんだ」
「あの、泣いてる子?」
「そう」
「あの子、あたしにいっぱいお水をくれるわっ。あたし、あの子、大好きよ! 名前はなんていうの?」
「あー、ナマエは、いえないことになってるの」
「そうなの? 分からないけど分かったわ!」
マリーは両手をこすり合わせて手に残った泥を落とすしてピピに聞く。
「あなた、どうしてそんなに楽しそうなの。私、目を覚ましてから、楽しいなんてぜんぜん思えなかったのに」
「だって、あたし、生きてるんだもの! 生きてることがとてもうれしいの! あたし、とてもうれしいの!」
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