四章:自分の名前を選ぶ物たち

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 マリーの手のひらから、跳ねるように水が飛び上がって丸いでっぱりをつくる。でっぱりには小さな二つの細長い目が生まれ、その下の割れ目が元気よく口を開いた。 「あたし、ピピ!」 「こんにちは」 「こんにちはっ」  ピピはそう言って高い声できゃあきゃあと笑う。声に惹かれてギルがポケットから顔をのぞかせた。 「ピピ、あなたにお願いがあるの」 「なあに? なんでも言って! あたし、なんでもできるから!」  でっぱりから細い腕が二本生えてきて、腰に手を当て身体を揺らしながら、マリーの手のひらの上を歩き出す。それを見てマリーは思わずふき出し、そして涙が出た。 「あらっ、どうしたの。あなたの涙のおかげで、あたし、成長しちゃうわよ?」 「ありがとう。ふふ、私、なんかずっと、笑うことってなかった気がして」  病院で目を覚ましてからここまで、自分が笑うことなんてあっただろうか。マリーは振り返る。ずっと世界中、ぜんぶを嫌って生きてた気がする。自分のことも含めて。 「笑えなかった時は、笑いたくなかった時よ、きっと。だったら無理に笑うことなんてないわ! ねぇ、もっと水をちょうだい! あたし、もっとおっきくなりたいの!」  ピピは両手を広げてマリーの涙を受け止める。マリーは鼻をすすりながら、ピピを地面に下した。 「ほかの水を、あなたの一部にできる?」 「もちろんよ! すぐできるわ! あたし、できないことないの!」  ピピが腰に手を当てながら泥水の上を歩くと、ピピは泥の中の水を吸収してどんどん育っていった。歩きながら鼻歌まで歌っている。 「あのこ、たのしそう。オイラもまざりたい!」  ギルがポケットから飛び出て、ピピの後ろを歩き始めた。ギルがピピの鼻歌に合わせて歌い始めると、ピピも口を開けて大きな声で歌い出す。 「らんら、らんら、らんららー! らーらー、らんららー!」  メロディもてきとうでリズムもめちゃくちゃなまま、二人は歌いつづける。 「あなた、名前なぁに?」 「ギルだよ」 「へえー! かわいい名前ね!」 「うん、彼女がつけてくれたんだ」 「あの、泣いてる子?」 「そう」 「あの子、あたしにいっぱいお水をくれるわっ。あたし、あの子、大好きよ! 名前はなんていうの?」 「あー、ナマエは、いえないことになってるの」 「そうなの? 分からないけど分かったわ!」  マリーは両手をこすり合わせて手に残った泥を落とすしてピピに聞く。 「あなた、どうしてそんなに楽しそうなの。私、目を覚ましてから、楽しいなんてぜんぜん思えなかったのに」 「だって、あたし、生きてるんだもの! 生きてることがとてもうれしいの! あたし、とてもうれしいの!」
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