四章:自分の名前を選ぶ物たち

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 マリーは周囲を見渡し、壊れかけている物を探す。声をかけ、物音を聞き逃さないように集中しながら早足で歩くが、動いている物は見当たらない。後ろから、ギルが呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、やわらかい土に刃が埋まってうまく歩けないようだ。 「まって、まってぇ」  涙声になりながらマリーを呼ぶが、マリーは置いていくことにする。ギルの名前が壊れかかれば、ギルも自分で名前を付け直せるんだ。私はまず、名前をつけなければ、なるべくたくさん名前をつければ、勝手に壊れていく。それから声をかけたほうがたぶん早い。  マリーは一歩歩くごとに名前を周囲にばらまいていく。リリカ、ソルリ、たたた、ジミー、ピート、タロ、ボイル、アーネスト、ミヨ、ドラ、ビビアン、シロ、もも、ボレロ、にゅるん、ヨキ、ばらばら、トーン、チコ、ぴょんた、ブンブン、セン、へちま、アニ、ゴ、ぽっけ、ナナ、シャルル、ルビィ、サフィ、たんてん…。 マリーの後ろから『夜』が吹き荒れ、名前を持ったばかりの命たちは壊され、草は身体を震わせ、小石は身体を起こそうとして転がり始める。 「たすけて、たすけて、マリー!」  誰かが誰かの名前を呼んでいる。今、自分がつけた名前の一つだっただろうか。壊れた名前? マリーは声を無視して歩き続け、それから立ち止まる。 「私の名前?」  振り返るが、もう声は聞こえない。  マリーは名前をばら撒くようにして歩き続けた。
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