一章 壊れたおうさま

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「あの木まで行ってみようよ、マリー!」  身体がうまく動かない。マリーは病院の入り口で倒れ込む。呼吸が自然に早くなり、着ぐるみの中は自分の呼吸であふれる。意識が徐々に遠のいていく。  再び目を覚ました時、マリーは建物の中にいた。身体を起こして床に座ると、足先にウサギの頭が置いてあるのが目に入る。割れた窓から植物が入り込んで、赤いじゅうたんの上に広がっている。目の前にエレベーターで会った緑のドラゴンがいた。黄色い斑点の色がさきほどとは違う色に見える。それに息がしやすい。 「お前がニンゲンだったことに驚いている」  マリーは自分の顔を触って形を確かめようとした。指先の皮膚感覚がぼやけているが、少し冷たくやわらかい感じがする。 「ごめんね、マリー。切っちゃったんだ、首のところ。このドラゴンさんが来てね、なんかおかしいって。首のところが変な動き方してる、中になにかいるんじゃないかって」 「中が熱すぎたんだろう。それで呼吸ができなくなった」 「マリー、マリー、わかる? 見える?」  ドラゴンは顔をマリーに寄せて、鼻先でマリーの頬を押す。マリーはそのまま押された方向に倒れ込んだ。感覚があまりにもあいまいで、自分の身体をうまく制御ができない。ギルが名前を呼ぶ声が鼓膜に刺さるみたいに明確に残る。 「マリー、マリー、マリー…」  マリーは名前を小さく唱える。名前を唱えれば唱えるほど、自分の身体を認識しやすくなるような気がする。 「お前、名前が馴染んでないのか。それはおかしいぞ」ドラゴンが言う。 「マリーは名前ができたばかりなんだよ。だから周りが名前をいっぱい呼んで名前を思い出せるようにするといいって言ってたよ!」  ドラゴンが片目をわずかに細める。 「名前が馴染んでないなんてありえない。間違った名前がついているのかもしれない」 「…でも、この名前は私がつけたから」 「名前は脅威だ。馴染んでない名前をあまり呼ばないほうがいい。起きれるか?」  マリーは顔を上げて身体を起こそうとするが、車酔いのような気持ち悪さがあふれ、すぐに床に倒れる。  死にたいのに身体に縛られて死にに行くこともできない。マリーは目をつぶったまま、ただ息をする。暗闇の中に少女の姿が見える。黒くて長い髪の毛。大きな声で叫んでいるようだが、彼女の声は聞こえない。  細く目を開けると顔の上に髪の毛がかぶさっているのに気づく。  私の髪の毛も黒いんだ。  マリーは再び意識をなくした。
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