四章:自分の名前を選ぶ物たち

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「マリー! マリー!」  誰かが誰かを呼んでいる声がする。呼ばれた方は気づいていないのか、名を叫ぶ声は止まらない。  クレアが振り返ると、そこには小さなハサミと黄色い斑点のある緑のドラゴンが立っていた。ハサミはドラゴンの腕に抱えられながら、マリーの名前を呼び続けている。クレアの口元から『夜』の煙が染み出し、ハサミへと向かう。あのハサミの名前を壊して、マリーの名前を忘れさせてしまえばいい。 「ハサミの名前を壊して」 『夜』はギルとドラゴンの周りを渦巻くように包み込んでいく。『夜』に囲まれた暗闇の中で、それでもギルはマリーの名前を呼び続けていた。ドラゴンもギルを抱えたまま前進し、マリーに近づく。  マリーの口からあふれる『夜』の闇はさらに濃くなり、ギルとドラゴンを完全に包み込んでいた。深い闇の中で、ギルはマリーの名を呼び続ける。 「あのハサミ、どうして壊れないの」  クレアは口を大きく開け、さらに『夜』を吐き出す。闇のせいでクレアの目の前は全く見えなくなっていた。闇の中から突然、ドラゴンの姿が現れクレアは後ろに下がろうとして地面に転げ込む。 「名前、どうして壊れないの」  マリーの身体が人形のように地面に投げ出された。『夜』が静かにマリーの身体に戻って行く。 「マリー、だいじょうぶ! どうしたの! マリー!」 「人格をもち始めた感覚が『夜』の力で名前を壊されて、ただの感覚に戻ったんだよ。心配ない」  不安がるギルにドラゴンが話しかける。 「お前も名前を守れたようだな」 「オイラ、ずっとギルって呼ばれてたから、てっきり自分の名前はギルだと思い込んでたけど、最初につけられた名前はもっとずっと長かったんだ」 「お前の本名を知ってるのはこの子だけだったのか?」 「ううん、しろいねこさんがいたよ。だからねこさんは、しってたとおもう」  マリーの中に、急速に『夜』が戻り、目の前が明るくなっていく。少し離れたところに、おうさまとリチャードが倒れている。本名を知っていたけど、リチャードには言わなかったのだろうか。それとも知っていたのに、ギルの名前を壊さなかったのだろうか。ギルには分からなかった。 「マリー?」  ギルはドラゴンの手の上から飛び降りて倒れたマリーに声をかける。マリーは倒れたまま目を開いた。
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